V. 音楽学
慶應義塾大学において音楽学を学ぶ環境は,あくまで国内他大学との比較においてではあるが,かなり充実している.それは遠山音楽文庫の存在と電子媒体による文献検索への対応に最大の特徴とメリットがある.ただし,文献はキャンパス内に散在しており,効率的に検索するには若干の習熟が必要とされる.そのために,「美学美術史学演習」,「音楽学Ⅱ」(水曜,木曜開講)では,文献の種類と利用方法についてのガイダンスと実習をおこなっている.特に後者においては,電子媒体を利用した検索の最先端のテクニックの実習もおこなわれている(学生はあらかじめ計算センターに登録,個人のアカウントをもっていることが望ましい).
音楽関係の文献はどこにあるか
音楽事典:世界の主要な音楽事典類は遠山音楽文庫(旧館3階)に揃っている.新館地下1階には内外の代表的な音楽事典が置かれている.
目録類:遠山音楽文庫には作曲家の作品目録,外国の図書館等の所蔵目録,出版目録,欧米で出版された記事,研究書,あるいは大学に提出された博士論文などの目録が可能なかぎり集められている.主要な国で刊行されている楽譜の目録もある.
楽譜:基本となる楽譜,つまり作曲家ごとの全集,あるテーマで体系的に集められ一定の方針のもとで校訂された楽譜(デンクメーラーとよばれることもある)は遠山音楽文庫に集められている.ただし古典派の作曲家の新しい全集は新館にある.20世紀音楽の楽譜は遠山音楽文庫にある.同文庫には,作曲家の自筆楽譜,初版等の印刷楽譜のファクシミリ(精巧な原寸大の写真複製)版のコレクションが含まれている.また世界の主要図書館が所蔵する資料をマイクロフィルムにより見ることができる(プリンターもある).ほかに数は少ないが鑑賞などに役立つ実用版の楽譜が新館に所蔵されている.実用版は新館(AEに分類)にある.
雑誌:研究を集めた逐次刊行物(学会誌など)は,世界の代表的なものが主に遠山音楽文庫に収蔵されている.一部は新館の雑誌室にある.日本音楽学会の機関誌「音楽学」は遠山に,「音楽芸術」(現在は休刊中)は雑誌室にある.
書籍:遠山音楽文庫には,西洋の中世からバロックにかけて,および20世紀の音楽に関する文献が収められている.また楽器学,音楽研究全般にわたる文献,研究論文集,そのほか作曲家研究の文献が集められている.
レコード:約6000枚のレコードが遠山音楽文庫にある.コレクションの主体は,西洋の中世からバロック,そして20世紀の音楽であり,同じフロアで聴くことができる.カセット等へのダビングのサービスや貸出は行っていない.代表的な楽曲のCD,DVDもやはり旧館3階にそろっている.
どのようにして探すか
役立つ文献は,そのもの自体が慶應にあるかいなかは別にして,世界のどこでいつ,どのような形で出版,販売ないし公開されているかは,ほとんどの場合図書館内で調べられる.
カード:遠山音楽文庫に備え付けのカード・ボックスは,学内の音楽文献が総合的に検索できるようになっている.つまり遠山音楽文庫所蔵の音楽文献だけでなく,小泉文庫,新館所蔵の文献などのカードも一緒に収められている.
OPAC:OPACによる検索は,新館でも遠山音楽文庫でもできる.ただ現状ではすべての文献情報が入っているわけではない.現在,コンピュータ化される以前に購入された文献についてもさかのぼってデータを入れる(遡及入力という)作業をすすめている.したがって現時点では,遠山音楽文庫のカードとOPACの併用が必要である.
インターネット:外国の大学図書館の所蔵資料をインターネット上で公開している例が急増している.リンクやサーチ・エンジンをうまく利用するとよい.主要サイトを紹介した書籍もあるがすぐに陳腐化してしまう.
CD-ROM:目録類のCD-ROMが急増中できわめて有効.RISMなど順次備え付けられる.
RILM:国際版と国内版があり,世界の音楽文献目録が作成,提供されている.冊子体のものは図書館にあるが,インターネット上で検索可能(http://www.mita.lib.keio.ac.jp/dbnavi/list.php).
国内版は冊子体で,題名は『音楽文献目録』(音楽文献目録委員会編).
Naxos Music Library:クラシック音楽を中心としたオンライン・コレクションで、Naxosをはじめとする44レーベルの音源をストリーミング再生することができる.曲目や作曲家の検索にも利用可能.音楽之友社『新編音楽中辞典』も含まれる.
慶應にないときどうするか
他大学等の図書館 所蔵しているかを確認して閲覧にでかける.紹介状は図書館レファレンス・カウンターに相談.外国の図書館にはコピーを依頼するが,時間と費用は覚悟する.
公開の音楽図書館 東京文化会館音楽資料室,民音音楽資料館は使いやすい.だが音楽の専門研究のための図書館ではないので,収書の方針が違う.民音は日本語による文献は網羅的に集めている.録音資料も充実している.
(0) 音楽事典
- 〇『ニューグローヴ世界音楽大事典』,講談社 1993.
すべてはここからスタートする.英語版は新館,遠山音楽文庫にあるが,日本語版も備え付けられている.日本語版の別巻の「参考文献」には英語版にはない日本語の文献も示され大変に便利.なお,英語版の第2版が2001年に刊行されたので,今後はそちらも参照する必要がある.
- S.Sadie (ed.), The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2nd ed., 29vols, Macmillan, 2001.
なおインターネット上でも利用可能 (http://www.mita.lib.keio.ac.jp/dbnavi/list.php).
(1) 全集・叢書・講座
- 『人間と音楽の歴史』全20巻(第1期分),音楽之友社,1986-88.
- 図像資料(極めて貴重)を軸にした大型本.説明も充実.専門的.
- 『日本の音楽,アジアの音楽』全9巻,岩波書店,1988-89.
- 〇『西洋の音楽と社会』全12巻,音楽之友社,1996-97.
音楽史を,社会,経済,政治,宗教などと音楽をとりまく状況に対する関わりの歴史としてとらえ直す試み.楽曲分析による形式様式の変遷史や大作曲家の創造の軌跡としての音楽史と一線を画している.ひととおり音楽の通史をおさえてから読むといっそう興味深い.
全12巻の構成
- 1 マッキノン『西洋音楽の曙』(古代中世)上尾信也監訳
- 2 フェンロン『花咲く宮廷音楽』(ルネサンス)今谷和徳監訳
- 3 プライス『オペラの誕生と教会音楽』(初期バロック)美山良夫監訳
- 4 ビューロー『爛熟した貴族社会とオペラ』(後期バロック1)関根敏子監訳
- 5 ビューロー『ドイツ音楽の興隆』(後期バロック2)関根敏子監訳
- 6 ザスロー『啓蒙時代の都市と音楽』(古典派)樋口隆一監訳
- 7 リンガー『ロマン主義と革命の時代』(初期ロマン派)西原稔監訳
- 8 サムソン『市民音楽の台頭』(後期ロマン派1)三宅幸夫監訳
- 9 サムソン『世紀末とナショナリズム』(後期ロマン派2)三宅幸夫監訳
- 10 モーガン『音楽の新しい地平』(現代1)長木誠司監訳
- 11 モーガン『世界音楽の時代』(現代2)長木誠司監訳
- 12 『西洋音楽史年表』
(2) 概論・総論・方法論・理論史
- 〇H. H. エッゲブレヒト他『音楽美学―新しいモデルをもとめて』戸澤義夫他訳,勁草書房,1987.
- 海老沢敏『音楽の思想』音楽之友社,1972.
- W. D. アレン『音楽史の哲学』福田昌作訳,音楽之友社,1968.
- 福田達夫『ピアニストの思考』春秋社,1989.
- 『演奏とは何か』W. ヴィオラ編,福田達夫訳,東海大学出版会,1981.
- 〇C. ダールハウス『音楽美学』杉橋陽一訳,シンフォニア,1989,
- 〇樋口隆一『原典版のはなし』全音楽譜出版社,1986.
- D. デ・ラ・モッテ『音楽の分析』全2巻,入野義朗訳,全音楽譜出版社,1983.
- A. ウォーカー『音楽分析入門』三浦他訳,音楽之友社,1979.
- H. ライヒテントリット『音楽の形式』橋本清司訳,音楽之友社,1955.
- 渡辺 裕『聴衆の誕生ーポスト・モダン時代の音楽文化』春秋社,1989.
- 小川博司『音楽する社会』勁草書房,1989.
- R. M. シェファー『世界の調律』鳥越他訳,平凡社,1987.
- 小川博司他『波の記譜法ー環壊音楽とは何か』時事通信社,1987.
- R. J. ウィンジェル『音楽の文章術-レポートの作成から表現の技法まで』宮澤他訳,春秋社,1994.
- 久保田慶一『音楽の文章セミナー プログラム・ノートから論文まで』音楽之友社、2006年.
(3) 通史
- 〇D. J. グラウト,C. V. パリスカ『新西洋音楽史』上中下,戸口幸策他訳,音楽之友社,1998~2001.
アメリカにおける音楽史のテキストの代表例.原書には別売の音譜集,CDセットがある.この種のCDセットつきの教材は,アメリカには大変に優れた例がほかにもある. - 〇『プレンティスホール音楽史シリーズ』松前紀男他訳,東海大学出版会,1969~95.
- 第1巻 A. スィー『中世社会の音楽』
- 第2巻 ブラウン『ルネサンスの音楽』
- 第3巻 C. V. パリスカ『バロックの音楽』
- 第4巻 R. G. ポーリィ『古典派の音楽』
- 第5巻 R. M. ロンイヤー『ロマン派の音楽』
- 第6巻 ソーズマン『20世紀の音楽』
- W. コルネーダー『西洋音楽史』中野博司,美山良夫,樋口隆一訳,全音楽譜出版社,1978.
- D. G. ヒューズ『ヨーロッパ音楽の歴史』上下,ベニテズ他訳,朝日出版社,1984.
- 久保田慶一他『はじめての音楽史』音楽之友社,1996.
- 『日本音楽と芸能の源流』藤井知昭編,日本放送出版協会,1985.
- 小泉文夫『日本伝統音楽の研究』全2巻,音楽之友社,1958.
譜例集
- 美山良夫・茂木 博『音楽史の名曲』春秋社,1981.
美学美術史演習のサブ教材.古典派以降の譜例集は,別途作成中であり履修者には教材として配布される(1996年から).
国別通史
- S. ヘンツェ『ハンガリー音楽小史』谷本一之訳,音楽之友社,1969.
- 田村 進『ポ一ランド音楽史』雄山閣,1980.
- G. チェイス『スペイン音楽史』館野清恵訳,全音楽譜出版社,1971-4.
- N. デュフルク『フランス音楽史』遠山他訳,白水社,1972.
- J. バクスト『ロシア・ソヴィエト音楽史』森田稔訳,音楽之友社,1971.
- J. ホ一トン『北欧の音楽』大束省三訳,東海大学出版会,1971.
- 奥田恵二『アメリカの音楽史』音楽之友社,1970.
ジャンル別通史
- D. J. グラウト『オペラ史』上下,服部幸三訳,音楽之友社,1958.
- L. オーリィ『世界オペラ史-その誕生から現代まで』加納泰訳,東京音楽社,1991.
- R. パーカー編『オックスフォードオペラ史』大崎滋生監訳,平凡社,1999.
- A. ジェイコブス『合唱音楽-その歴史と作品』平田勝他訳,全音楽譜出版社,1980.
- E. ヴィッターニッツ『楽器の歴史』皆川達夫他訳,PARCO出版,1980.
- G. フロッチャー『バロック音楽の演奏習慣』山田訳,シンフォニア,1974.
- F. ドリアン『演奏の歴史』福田昌作他訳,音楽之友社,1964.
- C. ザックス『世界舞踊史』小倉重夫訳,音楽之友社,1972.
- 〇J. アンダソン『バレエとモダン・ダンスその歴史』湯河京子訳,音楽之友社,1993.
- A. ベインズ『木管楽器とその歴史』奥田恵二訳,音楽之友社,1965.
(4) 時代別各論・他
- 皆川達夫『西洋音楽史・中世,ルネサンス』音楽之友社,1986.
- 今谷和徳『新版 中世・ルネサンスの社会と音楽』音楽之友社,2006.
- 〇今谷和徳『ルネサンスの音楽家たち1,2』東京書籍,1993,1996.
12人の代表的音楽家にかんする最新の研究を取り込みながら自分の見解を主張した著作で,研究の状況や方法を知る上でも参考になるところ多大. - 美山良夫『街の歌,城の響き-ルネサンス音楽とフォークロア』音楽之友社,1985.
- F. ブルーメ『ルネサンスとバロックの音楽』和田他訳,白水社,1971.
- 今谷和徳『バロックの社会と音楽』上下,音楽之友社,1988.
- 三宅幸夫『スフィンクスの嘆き バッハの生涯と作品』五柳書院,1992.
- 西川尚生『モーツァルト(作曲家 人と作品)』2005.
- F. ブルーメ『ロマン派の音楽』白水社,1992.
- 三宅幸夫『菩提樹はさざめく』春秋社,2004.
- 柴田南堆『西洋音楽史・印象派以後』音楽之友社,1967.
- P. グリフィス『現代音楽小史』石田一志訳,音楽之友社,1984.
- P. グリフィス『現代音楽-1945年以後の前衛』石田他訳,音楽之友社,1987.
- 基本的な問題の所在がよく整理されている好文献
- 〇W. ギーゼラー『20世紀の音楽-現代音楽の理論的展望』佐野光司訳,音楽之友社,1988.
- 〇細川周平『レコードの美学』勁草書房,1990.
- 三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』音楽之友社,1990.
- 小川博司『メディア時代の音楽と社会』音楽之友社,1993.
- G. ヒギンズ『インターメディアの詩学』岩佐他訳,図書刊行会,1988.
- 〇M. ナイマン『実験音楽,ケージとその後』椎名亮輔訳,1992.水声社
書かれて20年以上立つにもかかわらず,ミニマル音楽成立までの基本文献であり続けている. - 渡辺 裕『西洋音楽演奏史論序説』春秋社,2001.
(5) デジタル情報源
現在,コンピュータを用いた情報検索は日常的なものとなり,塾内外を問わず盛んに行われている.しかし,インターネット上のすべてのデータが等しく有効性を持っているわけではない.だから,その利用(特に研究利用)に際してはデータ及びリソースの充分な選定が必要となる.ここでは音楽学研究に有用なウェブサイトを紹介する.
ウェブサイト
*ウェブサイトは予告なく改変・異動・閉鎖することがあるので注意する.
- 1. Doctoral Dissertations in Musicology Online
インディアナ大学制作.音楽学関係の博士論文のデータベース. - 2. Music Resources on the Internet
インディアナ大学制作.音楽学研究のためのデータベース・リンク集.西洋音楽・民族音楽・ポピュラー音楽など多岐にわたってリンクが張られている. - 3. American Musicological Society. WWW Sites of Interest to Musicologists
アメリカ音楽学会のリンク集.図書館,作曲家,理論,コンピューター音楽等の項目がある. - 4. 音楽家死亡記事データベース
音楽家の死亡記事のデータベース.音楽事典に反映されていない最近の死亡記事も掲載されている. - 5. 音楽図書館協議会
音楽図書館協議会のウェブサイト.塾外の音楽図書館に関する情報を得ることができる.