羽黒山の松例祭：2

2.

■　Previous　■　Next　■　Back to Index（羽黒山の松例祭）　■　Back to Main Index　■

　松例祭については管見の及ぶ限りでも若干の次第や研究がある。そこで本小論における松例祭分析の視点を確立するために、まずこれら既存の資料や研究を眺めて見ることにしたい。近世期の松例祭の概要を示したものには、「羽黒山年中行事」（貞享4年）がある。また松聖の手控（「冬の峰手文」と通称されている）も数冊伝えられている。「羽黒山松聖旧事記并に改制帳」慶応元年、松聖義昭代（原田敏明監修『日本祭礼行事集成』第2巻所収）。「松聖行法旧例式」天保年間（戸川安章氏所蔵）。「松役中雑記」慶応3年、薬師院良康（出羽三山神社蔵）。「松役中雑記」明治40年9月　松聖先途、佐藤金治郎筆（東北大学図書館所蔵）。「聖行法手鑑」昭和初期　執行伝道編（羽黒山正善院所蔵）。「松聖日誌」昭和33年　小林吉蔵（同氏所蔵）などがこれである。

　これらはいずれも日誌の形をとり、主要な行事の日ごとに、その内容、参加者、準備するもの、費用などが明記されている。なお出羽三山神社の側から見た「松例祭」の概要は、神祇院の「官国幣社特殊神事調」の奥羽関東編に収録されている。松例祭に関しては、すでに幾つかの研究があらわされている。また関連論文の中でもしばしばふれられている。主要なもののみ列挙してみよう。

　まず戸川安章「羽黒山上の歳夜祭」（旅と伝説14の1）がある。同氏には他に同題の論文が『文化財』（昭和44年12月）、『民芸手帳』（昭和45年1月）に収録されている。また同氏の「羽黒修験の入峰修行」（宗教研究136号）をはじめとする諸論文の中でも随所で松例祭についてふれられている。日本各地の祭を調査された松平斉光氏の「祭－本質と諸相」には論文「羽黒のおとしや」が収められている。松例祭のみをあつかったものにはこの他に柳川啓一「村まつりの心理－羽黒の松例祭」（小口偉一編『宗教と信仰の心理学』所収）、柴田百合子「羽黒山に於ける松聖の経済的負担1、2、3」（羽陽文化64号、67号、68号）などの論文がある。また岸本英夫「山岳修行」（『宗教現象の諸相』所収）、和歌森太郎「柱源と修験道」（日本民俗学会報37）、五来重「山の宗教－－修験道」、西角井正慶編「年中行事辞典」などでも、松例祭の記述分折が行なわれている。これらのうち、戸川安章、和歌森太郎、岸本英夫、西角井正慶氏らのものは、松例祭の宗教的意味の究明に焦点がおかれている。すなわち戸川安章氏は「羽黒山上の歳夜祭」では、松例祭が追儺祭的なものから豊作祭にと展開したのではないかと推測されている注２）。和歌森太郎氏も、この説を受けて「松例祭は新年を迎えるにあたって、来るべき年の年占をする性質を持ったもの注３）」とされている。西角井正慶編の「年中行事辞典」でも、松例祭は火祭の性格をもつと同時に「豊凶占いが眼目になっていて、予祝行事としてかなり古風な作法を多く残している注４）」と解説されている。以上列記したこれら諸先学の解釈はどちらかといえば松例祭を正月行事としてとらえ、予祝を中心とした豊作祭の性格を持つものとされていることが注目されよう。

　これらに対して岸本英夫氏は、松例祭は、二人の松聖による百日間の修行である冬の峰結願の日に行なわれる験競べが、村の年中行事と結びついたものと推測されている注５）。また戸川安章氏も「羽黒修験の入峰修行」では、松例祭は冬の峰結願の夜のまつりで、この夜二入の松聖が験くらべをすると記されている。さらに同氏は松聖は、侍つ聖の意味で百日間のいみこもりによって精霊がよりくるのをまつことを意味する注６）。その際松聖はただいみこもっているというだけではなく、水行や羽黒山荒沢の常火堂の火をもらいうけて別火修行をしたと説明されている注７）このように、松例祭は冬の峰結願の験くらべが民間信仰と習合したものと把握することも出来るのである。

　松平斉光、柳川啓一、柴田百合子氏らの研究は松例祭のもつ社会的性格に注目されたものである。特に松平斉光氏は、松例祭の際、手向部落が位上側（上）と先途側（下）に分かれて争うところに双分制の原理が認められることを指摘される。また屋内で行なわれる験くらべと、屋外の大松明や火の打替神事の異質性に注目され、これは羽黒一山における山上の清僧修験と山麓修験の対立を物語るものであると解釈されている。柳川啓一氏は松例祭に参加することが手向部落の若者にとっては部落での一つの格 prestige を獲得することになることに注目され、ここにこの祭のエネルギーの源泉を求められている注８）。

　さて、以上これ迄の松例祭研究を回顧して、正月行事として把握するもの、冬の峰結願の験くらべと把握するもの、その社会的意味に注目するものの3種類があることを指摘した。勿論この三つは研究者の視点の置きどころの相連にもとづくもので行事にはこの三つの要素が含まれていることは言うまでもない。私は本小論では、松例祭を冬の峰結願の験くらべを中核とした祭ととらえる見方に立つことにする。そして特に験くらべを行なう松聖の冬の峰中の修行に注目し、松聖の宗教的、社会的意味を明らかにすることにしたい。こうした意図に立ってまず冬の峰の歴史を簡単に眺める。次に冬の峰の儀礼を他の地域のこれと類似した修験道儀礼と比較することによって、その性格を把握した上で羽黒山の冬の峰の修行の内容を紹介する。そしてこれをもとにして、松例祭も含む冬の峰全体の構造を把握し、さらにその社会的意味を明らかにすることにしたい。

▼　Next

注2）戸川安章「羽黒山上の歳夜祭」旅と伝説14の1、8頁。なお松例祭に見られる農耕儀礼的要素については、戸川安章「羽黒山における穀霊信仰」日本民俗学2－3詳しい。

注3）和歌森太郎「柱松と修験道」日本民俗学会報37、7頁。

注4）西角井正慶編「年中行宇辞典」東京堂、395頁。

注5）岸木英夫『宗教現象の諸相』要書房、163頁。なお和歌森太郎氏も松例祭の火の打替神事の中に験鏡べ的性格が見られることを指摘されている（和歌森太郎「柱松と修験道」日本民俗学会報、37､7頁）。

注6）戸川安章「羽黒修験の入峠修行」宗教研究136、53頁。修験道の修行は山岳にあって精霊のよりくるのを待ち、これを自分の体につけることを目的とするものであるとの指摘は、折口信夫氏によってもなされている（折口信夫、全集第20巻、205頁）。

注7）戸川安章「修験道と火」まつり4号所収。

注8）柳川啓一「村まつりの心理－－羽黒山の松例祭」小口偉一編『宗教と信仰の心理学』河出書房。同じことは近世期には松聖を勤めることによって山麓衆徒最高の位である権大僧都に補任された松聖についても云うことが出来よう。それ故にこそ、柴田百合子氏が明らかにされたように、多大の自己負担までして松聖が勤められたのである。現代でも松聖を勤めれば、神職なみあるいはそれ以上になれると云われている（昭和38年に松聖を勤めた高城金蔵氏談）。

■　Previous　■　Next　■　Back to Index（羽黒山の松例祭）　■　Back to Main Index　■

トップ：羽黒山の松例祭：2．