4.今日のオグクッ:4.2. オグクッの実際

4.2. オグクッの実際

　ここでは、1997年３月に慶尚北道のＫさん宅でおこなわれたオグクッを記述してみる。長男である在道氏の死からまだ二ヶ月あまりしかたっていない。それゆえクッの雰囲気は晴れ晴れしいわけはなかったが、にもかかわらず、それは、悲しみにこわばったこころを何とか解きほぐそうとする、この地方なりのあそびがみられ、はじめの芸能のあり方を考えさせるものであった。

　内ピナリ　
　３月１日の昼過ぎから庭に天幕を張り、花や白紙に各種の呪言を書いたものを貼り付けるなどして、準備をする。オグクッそのものは庭でおこなわれるが、それに先立ち、午後５時過ぎに室内で宋明姫巫女が男女の霊魂二体（白紙で切り抜いたもの）を衣服のなかにこめる（ビデオ１）。この衣服はあらかじめ茣蓙の上に横たえてあったものである（図26）。この霊魂を巻き込んだ茣蓙はのちに招亡者クッのなかで故人の霊を祭場によびよせるとき、持って舞わされる。
　次に金美香巫女が祭膳に向かい鉦を速い調子で叩きつつ唱えごとをし、クッの挙行をイエのカミや祖先に知らせる。このとき故人の父親が祭膳に向かって立つ（図27）（ビデオ２）。唱えごとが終わると、巫堂は食べ物と酒を祖先にあげる。

　不浄（ビデオ３）
　午後６時少し前、、楽士1）４名と宋明姫巫女が庭に座る。全員でにぎやかに楽をかなで、すぐに宋明姫巫女が不浄を退散させる巫歌を唱えはじめる。巫女はこのときは祭壇に背を向け座ったままの姿勢で唱える。10分あまり坐して唱えてから、巫女は立ち上がり、容器に汲んでおいた水を撒いて浄める。これで不浄の儀は完了する。
　なお、金泰坤によると、このときは「迎浄」「不浄」という霊をよんでおいて、これに対し、浄まって極楽にいくようにと唱えるという2）。この発想はクッの独特な神霊観をよく表している。すなわち単に不浄をはらうのではなく、不浄もまた霊格であり、これを済度することでこの世の不浄を免れると考えているのである。

　コルメギ
　賓順愛巫女3）が地域の守護神コルメギ神をよび迎える。この次第は、まず天幕の内でコルメギに向かって、今日、Ｋさん宅でクッがあることを告げる（ビデオ４）。そのあとでソトにいき、長い神竿を大きく振ってコルメギ迎えをし、祭場の入口のところまでくる。本来はこのままなかにはいるところだが、狭いので入口のところで留まりコルメギにサケを献呈する。そしてまた巫堂はソトにいき神竿を振る（図28）。今度は故人の霊をこの竿につかせてなかにはいってくる。なかにもどってきた巫堂は故人の立場に立って「うちのお母さん、うちの父さんよ」とよびかける。コルメギの段ではいつも、死者の霊がこうしてはじめのあいさつをする。このとき、家族らが祭壇の前によばれ、サケを献ずるように指示される。献酌する家族からはさかんに泣き声が漏れる（ビデオ５）。

　請魂クッ
30分ほどでコルメギクッが済むと、次は全員ソトに出て、故人の霊をよびまねく（ビデオ６）。前段で故人の声はきこえたが、実際にはまだ霊魂はきていない。それでここで正式に請魂クッをする。このとき、ソトでも膳を用意する。膳の上には位牌、飲食物が置かれる。担い手は金長吉男巫である。白装束にコッカルをかぶり、手には鉦を持ち僧のいでたちである。朗々としたよく通る声でタマヨバイをする（図29）。今回のようなばあい、事故死した場所にいってやるのが本来なのだが、さすがに釜山までいくわけにはいかず、天幕のソト、畑に臨んだところでおこなった。ただし方角は南、釜山の方に向かっている。男巫は、祭場の位置を告げ、死者の本貫（始祖の本拠地）姓名をよばう（ビデオ７）。そして神竿を振り、次いで鶏を投じて浮遊する死者霊を迎えようとする（図30）。これにつづいて故人の祖母の霊魂もよび招かれた（図31）。きくところによると、お婆さんは冬、陰暦の二月にイエから出て、すぐのところで倒れ、そのまま死んだのだという。

　霊魂の結婚式（ビデオ８）
　請魂のあと霊魂の結婚式がおこなわれた。祭壇の前に小さな膳が置かれる。これをあいだにして祭壇側に故人の弟が立つ。弟は祭壇を背にして立ち、両手に新郎の代わりをする男の人形を抱く（図32）。一方、新婦4）の代わりをする女の人形が祭壇に向かって置かれる。本来は新婦側の代理人がきてこの人形を抱えるべきだが、今回は、事情があって代理人が立たなかった。そこで巫堂が新婦側を代表して、献酌の儀を進める。幾度かの杯のやりとりはすべて実際の結婚式と同じように進められる（図33）。この儀をとりしきったのは金長吉男巫である。結婚式を終えた新郎新婦は祭壇の中央、オグ大王夫婦とパリテギ（捨てられ姫）の図像の前に安置される（図34）。

　祖上クッ
宋明姫巫女が立ち、金長吉男巫の奏でる杖鼓の絶妙な音色に合わせて、故人のイエの祖先にあたる霊を次々とよぶ（ビデオ９）。この段の半ばあたり、祖先の霊をよんだあと、巫堂は人生のはかなさをひとしきりしんみりとかたり、舞う。だが悲哀の感情というには遠く、むしろ祖先の霊は伴奏の音楽と巫歌に合わせて生き生きと去来するかのようである。巫歌のあとでは、巫女により「僧打令」がうたわれる（ビデオ１０）。やがて杖鼓の快い響きにかきたてられて霊魂は次第に昂揚していく。後半にはいると、しばし賓順愛巫女も加勢して「ノレカラク」がうたわれる。このとき、家族の沈んだ表情を前にしてもひるむことなく、巫堂は「さあさ、そーれよし」とみずから合いの手を入れ、あそびの場が醸成されていく（図35）。祖霊たちの最後には故人の霊もよびおろされる。これは神籠5）に載せられて家族の前に飛来する（図36）（ビデオ１１）。この段では祖先の加護を得て故人の霊も極楽にいくこと、そしてともにイエを守る祖先神に化すことが祈られるのだという6) 。この神籠を持っての舞はこののちもしばしばくり返される。

　招亡者クッ7)
金美香巫女が故人の霊をよびおろし慰撫する。これに先立って「今から霊駕（故人のたましい）クッになります」と金長吉男巫はいったが、オグクッのうちでも、もっともだいじなクッの一つとされる。巫歌が終わり、ひとしきり舞がある。こののち金美香巫女は故人の霊を巻き込んだ茣蓙を持って舞う（図37）。ここで明らかに霊が降りてきた。やがて巫堂はシンテチプを両手に取って舞わす（ビデオ１２）。このとき東海岸の巫女に特有の、憑依の表現である肩を瞬時揺り動かす動作がみられる。巫女は次に故人の立場でかたりだす。
　「父さんがぼくを探すのか。姉さんがぼくを探すのか。弟がおれを探すのか、エーエ　　ーエ」
　こうしてやってきた故人は姉をはじめ、伯父や弟など生きている家族のひとりひとりに向かい「事故のないように助けてあげよう」と約束をする。特に悲痛な表情の姉を慰労することばはききいる者たちをしんみりとさせた。

　ノットンイクッ（ビデオ１３）
賓順愛巫女が担当した。慶尚北道を特徴づけるクッで別神クッでもみられる。巫女が将
軍や故人の霊をクッの場によびいれる。そのあとで、「僧打令」をうたい、霊魂の極楽行を賀し、人びとに向かい「あそぶときはあそび」「悲しんでばかりいないで」という。
　悲嘆にくれる遺族の前に偉丈夫をおもわせる将軍が出現し、力づけ、同時にモンダル鬼神8）などが寄りつかないように守ってやると約束する。賓順愛巫女はつづけてかなり長編の「新僧打令」をうたい、さらに江原道アリランなどもうたう。
　このクッがはじまってから１時間余り、場は完全にあそびの雰囲気となる。そうして最後に巫堂は将軍の力を身に負い、ノットンイ（真鍮製の容器）を口にくわえて人びとのために祈願をしてみせる（図38）。そして最後に故人の弟を座らせ、頭上から将軍の力を吹き込み祝福を与える（図39）。
ノットンイクッが終わって次のクッにはいる前に、祭壇上の新郎新婦が床入りする。あらかじめ準備してあったふたり用の布団に寝かせ、掛け布団を掛けてやる。そしてその脇には新居まで設けられてある（図40）。こうして霊魂の同寝は朝までつづく。あの世での同寝がかなったところで、深夜、霊魂の道行を助けるパリテギ（捨てられ姫）の巫歌がかたられる。

パリテギ（ビデオ１４）（ビデオ１５）
これは発願クッともいう。宋明姫巫女が担当した。時刻は午前１時半を過ぎている。はじめは、ききいっていた家族たちも、巫歌が進むに連れてほとんどは横になって寝ている。しかし、巫女と杖鼓の金長吉男巫とは向き合い、たゆむことなく長編の巫歌を唱えていく。それは、女の子というだけの理由で父母に捨てられたむすめの苦難の物語である。パリテギは罪なくして捨てられたにもかかわらず、母の懇願を受けいれ、西域の薬水を取って帰り、危篤の父を蘇生させる。
　人びとは父親オグ大王の気持ちも理解しているにちがいない。待望の后キルデ夫人の懐妊、男の子を期待して胸膨らませる大王、そして出産から失望へと場面は暗転し、その極端な失望から怒りがこみあげ、いたいけな幼子に向けられて「捨ててしまえ」の命令がくだされる。
　ここでまた人びとは母親のこころにも同情する。籠に入れられた赤子を捨てることのできないキルデ夫人…。一方、パリテギは「薬水三千里」の苦難の旅路ののち、探し求めた薬水を得て帰る。するとオグ大王の葬列にでくわす。パリテギは先駆けの男に捉えられ殺されそうになるが、呪文でこれを切り抜ける。そして父が蘇る。同時にパリテギには苦難の旅路のさなかに設けた息子がいた。大王の歓びは一層、募る。そして最後に宋明姫巫女は
「こんな慶事がまたどこにあろうか」と告げる。
　巫女は後頭部に大きな花のかんざしを着けて立ち、物語を進める（図41）。この花はあの世入りの際の通行手形のようなものであろうか。杖鼓の響きがなければ、冷え込む深夜のことでもあり、まったく孤独な時間帯である。しかし、この巫歌こそは霊への供養なのだろう。午前１時半から休みなくかたられて、終えたのは午前４時少し前であった。

　シム念仏（ビデオ１６）
　金長吉男巫による念仏。コッカルをかぶり僧のいでたちである。うたうようにかたるように杖鼓をたたきながら１時間余りつづけられる（図42）。冒頭の部分では、霊の立場から家族たちにあいさつをする。ここは予想に反してわかりやすいことばで、済州島の神意伝達をおもわせる。そうして地獄の描写に入っていく。

　降神ノルム
　すでにここまでにも故人の霊は幾度かよばれたが、この段ではより明瞭に死者霊がよばれシンテチプに霊が降りてくる。これを降神ノルムという。巫堂は主として銅鑼をたたき、霊をよびおろす役割を果たすが、ときには霊の立場で直接、家族にはなしかける。従って、霊媒としての役割も果たしている。今回のばあい、伯父や父親、姉がシンテチプをつかんで降霊を待ったが、そこではついに何の反応もなかった。それで金美香巫女は霊を降ろすことをあきらめ、霊魂の引き起こしをした（図43）（ビデオ１７）。ここではまず、あらかじめ巻いてあった茣蓙を広げ、次に花（造花）を手にし、これで茣蓙のなかの故人の霊（白紙を切ったもの）をすくいあげ、最後に祭壇の上に安置した。
　ふつうはこれで終わるのだが、家族の側から、やはり故人の霊との対面を望む声があがり、再度、降神ノルムをした。このときもはじめは縁戚の男性が試みたが、やはりだめであった。しかし次に近所のさるお婆さんがシンテチプをつかむと、感応がありこの神籠は震えだした。このとき、巫堂は問いかける役割を果たす。「姉にいうべきことばがあるのか」と。神籠は揺れているが、ハルモニは何もいわない。そのとき、脇にいた姉が激しく声を立てて泣き出した。すると、巫堂は、故人の立場になって姉に
　　「何かいうことがあるんですか」
とたずねる。すると姉は
　　「わたしがちゃんとしてやらなかった」
と涙声でいう。巫堂は
　　「忘れなさい。姉さんにはまちがいなど一つもないよ。…ぼくはいくよ、姉さん、泣かないで、すまながることなんか何もないよ」
といってなだめる（図44）（ビデオ１８）。

　世尊クッ
　賓順愛巫女がコッカルをかぶり、世尊を迎える巫歌を唱える。このいでたちは、別神クッなどでおこなう世尊クッと同じであるが、ここではタングムエギの叙事巫歌は唱えない。寿福のカミ世尊をこの場によんでおいて、のち新郎新婦を寝床から起こす。そしてふたりを寄り添わせて祭壇の上に置く。これで新婚のふたりへの祝福は済んだ。あとはあの世入りの支度をすることになる。

　パン念仏
　祭壇に立ったふたりが確実にあの世へとはいっていく。このことを念仏の唱えごとで表現する。この念仏も金長吉男巫が担った。僧のいでたちで祭壇に向かい、鉦を一定のリズムでたたきながら、「誕日歌」を唱える。これは生を寿ぐのだという。次に男巫は向きを変え、祭壇を背にして立つ。そして今度は「地獄歌」を唱える（ビデオ１９）。誕日歌は終始、静かに唱えられたが、この地獄歌は舞も含まれかなり演戯性が濃い（図45）。
　二種類の念仏が組み合わされているのでパン念仏という。パン毒とはパンソリなどというときのパンと同じ意味で、「構成されたもの」を意味する。

　花の唄（ビデオ２０）
　夜はすっかり明けていて、この直前に人びとは簡単な朝食を取る。そしてここから連続的に四つ、唄のクッがつづく。オグクッも仕上げにはいった感じで、諸種の儀礼を施された霊魂があの世への橋の直前まで歩いていくかのようである。霊魂のあの世入りを助ける意味の「花の唄」は見た目にはなやかという以上のものがある。すなわち花が霊の蘇り、新生を象徴するという生命観が根柢にあるとみなされる。宋明姫、賓順愛ふたりの巫女が両手に花を携えてうたいつつおどる（図46）。

　船の唄（ビデオ２１）
宋明姫巫女がうたい、それに合わせて賓順愛巫女が祭壇の前でくるくると舞う。宋明姫巫女が竜船に結んだ白い布をたぐりつつ、船が誤りなく極楽に向かうようにと祈願する。このとき家族側からも何人か出てともに白い布を引く（図47）。故人と新婦の霊魂は船に乗りあの世入りすると観じてのことだ。

　草籠燈の唄、燈の唄
霊魂のあの世入りの保証はさまざまなかたちで演戯される。この草籠燈の唄では二人の巫女がそれぞれ両手に灯篭をかたどったものを携え、はなやかに対舞する（図48）（ビデオ２２）。これが終わると、さらに賓順愛巫女は、人の背丈ほどもある大きな燈のこしらえ物を持ち出し、霊の道行を祝福する。唄をうたい、同時に、巫堂は、故人の霊の立場に立ち、あの世入りにあたっては路銀が必要だといって家族のだれかれからカネをもらう。なかなか出さないばあいにはいくらか強制的に出させるが、この段階になると、こわばっていた家族の表情もかなりなごんでいて、軽い笑みもこぼれる。
　賓順愛巫女は燈の唄だけでも30分近くかけた。この間、ほとんど唄と口説きで施しを乞うのだが、そのようすはさながら芸能舞台であった。家族のうち父親を含めて大半の者はすでにこころの整理がついたのか、穏やかな表情になっている。そして巫女は最後に燈を頭上に掲げて全体のクッの最後とばかり思い切りよく舞う（図49）（ビデオ２３）。
　一晩中のクッとは要するにこうした雰囲気にたどりつくために構成された舞台であったのかもしれない。

　道を裂くこと（ビデオ２４）
祭壇の前に白い布が橋のように張り渡される。この上を巫女にみとられつつ故人の霊と花が通過していく（図50）。このことを宋東淑男巫は「道を裂くこと」と表現した。シッキムクッでは道を均すことというが、いずれも、あの世へとつづく白い道を越えていくこと、つまりこの世との断絶という意味だろう。宋東淑男巫の杖鼓と「下直だ、下直だ」の声がよく響く。ハジクとは「お別れ」の意味である。

コリクッ（ビデオ２５）
　宋明姫巫女が簡略に雑鬼雑神に施しをして終えた。
　このあと全員がソトに出て、祭壇の飾りの類いをすべて焼却し、オグクッを終えた。

注釈

1）祭壇に向かって杖鼓、その左側に銅鑼と鉦、また右側にも鉦がすわる。のちに右側にもうひとり銅拍子が加わり５人になる。オグクッは大体、この４，５人の楽士が多彩に伴奏して巫女の儀礼をもり立てる。なおヤンジュンということばは巫堂の使うことばで、男巫および才人（芸能者）をさす。漢字で両中、陽中、郎中などと表記する（前引、韓国民俗辞典編纂委員会編『韓国民俗大辞典』２、1006頁）。
2）なお、迎浄は孤魂､客鬼と想定されるという(前引、金泰坤『韓国巫歌集』１、388頁)。
3）この巫女は降神の体験を経てから世襲巫である故申石南巫女のイエに嫁入りし、現在は世襲巫としての経験も積んでいる。30代後半の若さ、霊気と演戯性が備わり、東海岸でも活動範囲の広い巫女として知られている。
4）新婦として選ばれた女性は、江原道に済んでいたＫさんで、何年か前に交通事故で家族もろともなくなったという。賓順愛巫女が知り合いの女性からこのむすめのことをきき、結婚式を斡旋した。祭儀のあった３月１日には、新婦側の人があいさつにきたものの、すぐに帰ってしまい、結婚式には参席しなかった。
5）魂の入れ物でシングﾜンチュリともいう。
6）前引、金仁會、金秀男『スヨン浦水亡クッ』、90頁。
7）「初亡者クッ」と表記することもある。
8）未婚の青年が死んで化した鬼神。一般的にひじょうにおそれられた。

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