1. チノギとチノギセナム

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1. チノギとチノギセナム

　ソウルを中心として京畿道一帯では、チノギがおこなわれる。チノギの語義は今のところ定説はない1）。ソウル地方のクッに通じた趙興胤によると、チノギも次のようにいくつかの種類がある｡

1.チノギクッ　　　　　　　　　　　人の死後､3,4日の間におこなうもの。
2.平（ピョン）チノギまたはほど経た（ムゲン）チノギ　　49日が過ぎてからおこなうもの。
3.旧（ク）チノギまたは脱喪（タルサン）クッ　　　　　死後3年たっておこなうもの。

以上は人の死後にクッがいつおこなわれるかという観点からの区分であるが、また、クッの規模に応じて

1.サンクェセナム
2.オルセナム
3.ピョンチノギ

と分けることもある。これは依頼者の経済力と関係していて、それぞれ「上流層や富裕層」「中流層」「下層民」のクッだという2）。
　今日なお三種類のチノギが維持されているかというと、むずかしいようである。ただ、次項「2.チノギセナム」で述べるチノギセナムは年に1,2回おこなわれることもあるというので3）、ここでいうサンクェセナムに相当しよう。
　チノギは、イエの財福を願っておこなう「財数（ジェス）クッ」と同じ過程で進み、それになお、死霊薦度の独特の諸儀礼を付け足して構成される。財数クッの基本祭次として、はやく秋葉隆がソウルと水原近郊烏山（オサン）里の「十二祭次」を紹介した。それは、文字通り、十二種類の個々のクッからなる。京畿道の十二祭次の内容はいずれもよく似ているので、ここでは、秋葉隆の掲げるソウル十二祭次を代表例として記しておこう。それは次のように進められる4）。

一、不浄二、カマン三、山マヌラ5）四、別星（ピョルサン）6）五、帝釈六、天王七、胡鬼（ホグ）7）八、萬明（マルミョン）8）九、軍雄（グヌン）9）十、大監（テガム）10）十一、倡夫（チャンプ）十二、後饌（トゥイッチョン）

　以上は一般的な十二祭次であるが、これとは別に、秋葉はチノギの実際の過程をも記述している。それによると、不浄の前に「周堂退散（チュダンムルリム）」をし、以下、不浄、山マヌラ、別星、大監と進み、このあとチノギの特徴といわれるクッがつづく。すなわち六番目以下は「霊衣」「使者」「マルミ」「道場」「魂箋」「十王軍雄」となり、そして最後の十二番目は「後餞」となる11）。
　秋葉のチノギについての記述はかなり具体的である。すなわち、周堂退散（チュダンムルリム）とは周堂（チュダンサル）という悪気を予防するために杖鼓と銅拍子を暫時奏でることであり12）また霊衣は巫女が死者の服を着て口寄せすることである。道場は庭に出て捨てられ姫の先導のもと、供物の周囲を巡ることで、秋葉はこれを「円内を聖化する行事」だという13）。そして巫女は東西南北の順に３回転したあとで木綿の布を裂く。これを「仏事橋（プルサタリ）を裂く」という。さらに麻の布も裂くが、こちらは「十王橋（シワンタリ）を裂く」という。これらは「極楽世界の仏及び地獄の十王の道を開いて死霊を極楽に入らしむる行事」であろうという14）。次の魂箋は巫女が霊衣をまとい故人の霊話を告げるもの15）で、後ヨンシルともいう。
　以上は秋葉隆の記述であるが、チノギの部分は報告者によりいくらかずつ異なる。参考までにもう一つ、金泰坤の採録したものをあげると以下のようである。

一、トゥン大王 一般にあの世の十大王をさすというが､トゥンは「浮遊した」の意味なので「さまよえる大王」とでもなろうか。トゥン大王がクッの場にきて、今日は死者が極楽にいく日だから、生きている者はこぞってその道行を助けるようにと託宣する16）。
二、チュンディ請拝 チュンディはあの世とこの世のあいだの道を象徴する７尺７寸の木綿の白布で、この段では、この布を通してパクサンチュンテ　酵至掻殿が来臨することを乞う。金泰坤採録の巫歌でははっきりしないが、後述するチノギセナムのチュンディパクサンを参考にすると、十王や菩薩など、あの世の仏菩薩の来臨を請願するもののようである。こうしてよび迎えたあとでは、当然、仏菩薩とともに死者の霊が「十王世界」「蓮華台」へいくことを祈願する17）。
三、アリン萬明 アリンは「うずくように痛い」の意味、萬明は祖先の霊。要するに
ここでは悲しみに捉われた祖先をよび迎える18）。
四、使者三成（サジェサムソン）冥府の使者がいかめしい格好でやってきて、この世に留まる者を連れていこうとする。そのとき、この世の者は抗うが、代わりにいく者は一人もいないので、仕方なく旅立つ、つまりは死ぬという内容の巫歌が唱えられる19）｡
五、マルミ 「捨てられ姫」の叙事巫歌が唱えられる。
六、霊請い（ノクチョイ）死者の霊をよんで、極楽にいく前にあそんでいくようにという。
七、後霊室（トゥイヨンシル）霊室は元もと死者の霊を祀っておく部屋であるが、ここでは、その霊がムーダンの口をかりて一人称でかたりかける20）。ふつうチノギの儀礼の初めのほうでも霊室がある。初（チョ）ヨンシルという21）。
八、霊送り（ノクポネム）
九、後饌乞粒、ソナン、霊山、喪門などの雑鬼をもてなし、送りだす。

注釈

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慶應義塾大学アジア基層文化研究会：チノギセナムクッ