羽黒山の松例祭：3.松例祭の研究史

3.松例祭の研究史

■　Previous　■　Next　■　Back to Index（羽黒山の松例祭）　■　Back to Main Index　■

　今紹介した松例祭の諸行事には種々の要素が含まれていて、本節の最初に規定したようにこれが冬の峰結願の験競ベとはすぐにはいい難いかのようにすら感じられる。そこでその焦点を今少しはっきりさせるために、松例祭に関する既存の資料や研究を眺めて見ることにしたい。近世期の松例祭の概要を示したものには、『羽黒山年中行事』（貞享4年）がある。また松聖の手控（「冬の峰手文」と通称されている）も数冊伝えられている。『羽黒山松聖旧事記并ﾆ改制帳』慶応元年　松聖義昭代（原田敏明監修『日本祭礼行事集成』第2巻所収）、『松聖行法旧例式』天保年間（戸川安章氏所蔵）、『松役中雑記』慶応三年　薬師院良康（出羽三山神社蔵）、『松役中雑記』明治40年9月　松聖先途　佐藤金治郎筆（東北大学図書館所蔵）、『聖行法手鑑』昭和初期　執行伝道編（羽黒山正善院所蔵）、『松聖日誌』昭和33年　小林吉蔵（同氏所蔵）などがこれである。

　これらはいずれも日誌の形をとり、主要な行事の日ごとに、その内容、参加者、準備するもの、費用などが明記されている。なお出羽三山神社の側から見た松例祭の概要は、神祇院の『官国幣社特殊神事調』の奥羽関東編に収録されている。松例祭に関しては、すでにいくつかの研究があらわされている。また関連論文の中でもしばしばふれられている。主要なもののみ列挙して見よう。

　まず戸川安章「羽黒山上の歳夜祭」（旅と伝説14の1）がある。戸川には他に『文化財』（昭和44年12月）、『民芸手帳』（昭和45年1月）収録の同題の論文があり、『修験道と民俗』岩崎美術社や「羽黒修験の入峰修行」（宗教研究136号）をはじめとする諸論文の中でも随所で松例祭についてふれている。日本各地の祭りを調査した松平斉光の『祭－本質と諸相』には論文「羽黒のおとしや」が収められている。松例祭のみを扱ったものには、この他に五来重「羽黒山松例祭と験くらべ」（月光善弘編『東北霊山と修験道』山岳宗教史研究叢書7　名著出版）、柳川啓一「村まつりの心理－羽黒山の松例祭」（小口偉一編『宗教と信仰の心理学』所収）、柴田百合子「羽黒山に於ける松聖の経済的負担1、2、3」（羽陽文化64号、67号、68号）などの論文がある。また岸本英夫「山岳修行」（『宗教現象の諸相』所収）、和歌森太郎「柱松と修験道」〈日本民俗学会報37〉、五来重『山の宗教－－修験道』、西角井正慶編『年中行事辞典』、山口昌男『演ずる観客』（白水社217－237頁）などでも、松例祭の記述分析が行なわれている。

　これらのうち、戸川安章、和歌森太郎、西角井正慶らのものは、松例祭の民俗宗教的意味の究明に焦点がおかれている。すなわち、戸川安章は「羽黒山上の歳夜祭」では、松例祭が追儺祭的なものから豊作祭にと展開したのではないかと推測している注14）。和歌森太郎も、この説を受けて「松例祭は新年を迎えるにあたって、来るべき年の年占をする性質を持ったもの注15）」としている。西角井正慶編の『年中行事辞典』でも、松例祭は火祭の性格をもつと同時に「豊凶占いが眼目になっていて、予祝行事としてかなり古風な作法を多く残している注16）」と解説されている。以上、列記したこれら諸先学の解釈は、どちらかといえば松例祭を正月行事として捉え、予祝を中心とした豊作祭の性格を持つものとされていることが注目されよう。

　これらに対して岸本英夫は、松例祭は、二人の松聖による100日間の修行である冬の峰結願の日に行なわれる験競べが村の年中行事と結びついたものと推測している注17）。また戸川安章も「羽黒修験の入峰修行」では、松例祭は冬の峰結願の夜の祭りで、この夜二人の松聖が験競べをすると記されている。さらに戸川は松聖は侍つ聖の意味で、100日間の忌み籠りによって精霊がよりくるのを待つことを意味する注18）。その際、松聖はただ忌み籠っているというだけではなく、水行や羽黒山荒沢の常火堂の火をもらいうけて別火修行をしたと説明している注19）。また五来重も松例祭を冬の峰結願の験競べとし、そこでは、火の打替神事で新年の新しい火を作るカ、烏とぴや兎の神事によって呪殺呪活の力が争われたとしている注20）。このように、松例祭は冬の峰結願の験競べが民間信仰と習合したものと把握することもできるのである。

　松平斉光・柳川啓一・山口昌男・柴田首合子らの研究は、松例祭の持つ社会的性格に注目したものである。特に松平斉光は、松例祭の際、手向部落が位上側（上）と先途側（下）に分かれて争うところに双分制の原理が認められることを指摘している。また屋内で行なわれる験競べと、屋外の大松明や火の打替神事の異質性に注目し、これは羽黒一山における山上の清僧修験と山麓修験の対立を物語るものであると解釈してもいる。柳川啓一は松例祭に参加することが、手向部落の若者にとっては部落での一つの格prestigeを獲得することになることに注目し、ここにこの祭りのエネルギーの源泉を求めている注21）。また山口昌男は、この松例祭の儀礼の中に劇的対立が見られることを指摘している注22）。

　このように、これまでの研究において、松例祭は、岸本英夫・戸川安章・五来重らによって、すでに冬の峰結願の駿競べとして把握されているのである。勿論、他にもこの行事を正月行事と捉えたり、双分制原理のあらわれと見る研究もありはした。けれども私は本節の最初にあげたような問題意識にたって、この松例祭を冬の峰結願の験競べを中核とした祭りと捉える見方に立つことにする。そして本節では、むしろ羽黒山の冬の峰に焦点をおいて、その伝承や修行の内容を紹介し、これらと関連づけて冬の峰結願の験競べとしての松例祭の性格を明らかにする。そして駿競べとそれを行なう松聖の冬の峰中の修行の関係を通して、松聖が修行によってどのような験力を獲得しているかを解明することにしたい。

▼　Next

注14）戸川安章、「羽黒山上の歳夜祭」旅と伝説14の1、8頁。なお松例祭に見られる農耕儀礼的要素については、戸川安章、「羽黒山における穀霊信仰」、日本民俗学2－3に詳しい。

注15）和歌森太郎、「柱松と修験道」、日本民俗学会報37、7頁。

注16）西角井正慶編、『年中行事辞典』、東京堂、395頁。

注17）岸本英夫、『宗教現象の諸相』、要書房、163頁。なお和歌森太郎も松例祭の火の打替神事の中に験競ぺ的性格が見られることを指摘している（和歌森太郎、「柱松と修験道」、日本民俗学会報37、7頁）。

注18）戸川安章、「羽黒修験の入峰修行」、宗教併究136、53頁。修験道の修行は山岳にあって精霊のよりくるのを待ち、これを自分の体につけることを目的とするものであるとの指摘は、折口信夫によってもなされている（折口信夫、折口信夫全集第20巻、205頁）。

注19）戸川安章、「修験道と火」まつり4号所収。

注20）五来重、「羽黒山松例祭と験競ぺ」、月光善弘編、『東北霊山と修験道』、山岳宗教史研究叢書7、名著出版。

注21）柳川啓一、「村まつりの心理－－羽黒山の松例祭」、小口偉一編、『宗教と信仰の心理学』、河出書房。同じことは、近世期には松聖を勤めることによって山麓衆徒最高の位である権大僧都に補任された松聖についてもいうことができよう。それ故にこそ、柴田百合子が明らかにしたように、多大の自己負担までして松聖が勤められたのである。現代でも松聖を勤めれば、神職なみ、あるいはそれ以上になれるといわれている（昭和38年に松聖を勤めた高城金蔵談）。

注22）山口昌男、『演ずる観客』、白水社、225頁。

■　Previous　■　Next　■　Back to Index（羽黒山の松例祭）　■　Back to Main Index　■

トップ：羽黒山の松例祭：3.松例祭の研究史