験力獲得の思想「羽黒山の松例祭」

1.晦日山伏の冬峰修行

　室町時代末期以降の大峰山の峰入としては、春に熊野から吉野に抜ける春峰・順峰・胎蔵界の峰、秋に吉野から熊野に抜ける秋峰・逆峰・金剛界の峰、夏に行なわれる夏峰・順逆不二峰・胎金不二の峰の三種が広く知られていた注1）。そしてこの中の春の峰や秋の峰は特に専門修験者の峰入として知られ、この時に十界修行が行なわれたことは、さきに指摘した通りである。ところがそれ以前の修験道の峰入は、行尊の笙の岩屋冬籠の伝承に見られるように、むしろ冬から春にかけての山岳の洞窟などに籠って修行するものであった。この峰入は冬の期間行なわれることから冬の峰と呼ばれ、この修行をする山伏は山中で年を越すことから晦日山伏と呼ばれ、特に呪験カに秀でているといわれていた。

　この晦日山伏の修行は熊野山や金峰山では特に古代末から中世にかけて盛んに行なわれていた。当時の熊野関係山伏の峰入の記録である『山伏帳』巻下には、承安元年（1171）および文治3年（1187）の晦日山伏峰入の様子が記されている注2）。また文亀3年（1503）の奥付のある『金峰山創草記』によれば、晦日山伏は12月晦日に入峰し、4月8日に出峰する。そして出峰の日（4月8日）には将軍家のために祈罹をし、翌9日夜には験競べを十番行なう。この折、一方は出峰山伏で他方は交衆であるという。ひきつづいて終夜延年が舞われている注3）。

　室町時代初期における晦日山伏の修行については、熊野修験の教義書『両峰問答秘鈔』巻上に詳しい。これを見ると、

　「問云、晦日山臥者是何事哉。答云。彼山臥ﾉ儀式者是神事也－中略－而自二（返り点）十一月三日一（返り点）至二（返り点）十二月晦日一（返り点）六十箇日之大営。是則天照大神御饗応之儀式也。是号二（返り点）先途山臥一（返り点）焉（小字）注4）」

と記されている。つまり、ここでは晦日山伏は毎年11月3日から12月晦日まで籠る山伏で、先途山伏とも呼ばれるとしている。なおこうした晦日山伏の他に、大峰山中の笙の窟や那智山の岩屋に極る修験者も多かった。笙の窟の冬籠は9月9日から正月3日にかけて五穀を断って籠るものである注5）。これに対して那智山の岩屋籠は1千日におよんだという注6）。

　ところで『金峰山創草記』などに見られるように、晦日山伏は出峰後は験競べを行なっている。このように修行のあとに行なわれる験競べは、験力を得た修験者が左右に並んでたがいに験を競うというものであった注7）。ちなみに大永年間の『三峰相承法則密記』所収の「験競役者事」には、

　「注進千年山恒例験競役者事、第一番　左方行者観音房実名（小字）　右方行者尭内房実名（小字）　第二番　左方行者　房号実名（小字）　右方行者　房号実名（小字）　第三番　左方行者　房号実名（小字）　右方行者　房号実名（小字）　右為二（返り点）衆儀一（返り点）所二（返り点）差定一（返り点）如レ（返り点）斯、年号　月　日注8）」

との記載がある。

　それでは、こうした験競べは具体的にはいかなる形のものだったのであろうか。『木葉衣』を見ると、浄蔵が石に護法をつけて操作する話が記されている。また同書には火渡り、刃わたりなどが験競べとして行なわれたことが記されている注9）。この他、修験道においては火を操作する験術の類が験競べとして行なわれることが多かったことは、私も以前指摘したことがある注10）。

　験競べとは明記されてはいないが、毎年12月31日、厳島神社別当寺の大聖寺で行なわれていた（現在は厳島神社で行なう）晦日山伏の神事はきわめて興味深い。この行事は、供僧が座主大聖院に集まって饗応をうける。次いで前駆二人に導かれて、御幣を中にした供僧が松明を持って神社拝殿に馳せまいる。そして法螺、読経による参拝後、再度松明を持って別当寺に帰るものである。この際の松明の火は元来は弥山山上の常夜燈の聖火が用いられたといい、村人はこの松明の火をうけて帰り、若潮迎えの火や雑煮をにる火種にしたという。また松明の燃え残りは火難よけに用いられたという注11）。

　この厳島神社の場合には、晦日山伏が修行して出峰した山伏であるかどうかは明白ではない。ただこの山伏たちが羽黒山の松例祭と同じく晦日に松明を操作していることに注目しておきたい。これに対して戸隠山の天台修験の柱松の神事は夏の峰入後というように時期を異にしているとはいうものの、峰入のあと、火による験競べが行なわれたことを示す興味深い事例である注12）。

　このように冬の峰の晦日山伏の修行や彼らが出峰後に行なった験競べは、本章でこれまで紹介してきた室町時代末頃成立した十界修行を中心とした修験道の峰人の前駆をなすと考えられるものなのである。それ故、この修行を分析するならば、山伏が成仏するということが実際にはいかなることを意味するかが、解明し得るとも思えるのである。しかしながら現在大峰山の峰入修行では、この冬の峰は全く行なわれておらず、それがどんなものであったかを知るよすがは全くない。

　ところが現在羽黒山の出羽三山神社の神事として、12月31日から1月1日にかけて行なわれている松例祭は、かつての冬の峰結願の日の験競べの性格をとどめたとも思われる祭りなのである。それ故、この羽黒山の松例祭をとりあげて分析することによって、かつての冬の峰において成仏のあかしとして獲得された験がいかなるものであったかを明らかにすることができると思われるのである。そこでまず松例祭の全貌を知るために、現在の松例祭を眺めて見ることにしたい。

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注1）『修験修要秘（旧）法集』、修疏Ⅱ、246頁。

注2）『山伏帳』巻下、修疏Ⅲ、390－391頁。

注3）『金峰山創草記』、修疏Ⅲ、365－366頁。なお本書によれば、9月9日から翌年の3月3日にかけては笙の窟で冬籠が行なわれている。

注4）『両峰問答秘鈔』巻上、修疏Ⅱ、596頁。

注5）『両峰問答秘鈔』巻上、修疏Ⅱ、598頁。なお『金峰山創草記』によれば、笙の窟冬籠は9月9日から3月3日までとなっている。

注6）『両峰問答秘鈔』巻下、修疏Ⅱ、607頁。なお九州の求菩提山の修験道でも、山伏の最高位たる長床第一和尚になるためには12月30日から3年間に亙る1千日の籠山修行を行なったという（重松敏美、『豊州求菩提山修験文化攷』149－156頁）。

注7）『木葉衣』、修疏Ⅲ、186頁。

注8）『三峰相承法則密記』巻下、修疏Ⅱ、493頁。

注9）『木葉衣』、修琉Ⅲ、186－187頁。

注10）宮家準、『修験道儀礼の研究』、春秋社、　109－129頁。

注11）野坂元定、『厳島神社の鎮火祭』、まつり4号、昭和37年参照。

注12）『顕光寺流記』によると、「夏末、又云二（返り点）柱松一（返り点）焼二（返り点）尽煩悩業苦一（返り点）亦顕二（返り点）一夏行徳威徳」と記されている（僧有通編、『顕光寺流記』、長禄2年7月15日、『信濃史料』第8巻所収）。

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