トップ黒森神楽役舞の世界-陸中沿岸地方の神楽より-

3.権現舞と神楽


■ Previous ■ Next ■ Back to Index(黒森神楽) ■ Back to Main Index ■


(1)権現舞

獅子頭 陸中沿岸地方の旧修験系の神社の別当家の多くは今でも床の間などに木製の獅子頭(photo03)を安置している。黒森神社には文明一七年(一四八五)の銘のあるものから、つい数年前に新しく製作されたものまで二十数頭の獅子頭注11)がある。これらの獅子頭は「権現さま」として、依ってたつ神社の神体の名を冠して黒森権現さま、鵜鳥権現さま、あるいは熊野権現さまなどと呼ばれる。当該神社の祭礼の折には神事の後に神楽衆がこの獅子頭を手にして権現舞(photo04)を舞う。また新春になると、神楽のはじまる日に「舞い立ち」と言って、神社で獅子頭に神霊を移し、黒森さまとか鵜鳥さまと称して、各村の家々を一軒ずつ祈祷をして歩くのである。沿岸地方の権現さまは二頭を一組としており、鵜鳥神楽ではこの二頭は雌雄であると説明している。

 当地方では祭礼の日には巫女が舞いを舞って託宣を述べる注12)。人々は祭りの日には神社に行って権現舞による神の姿を見、また巫女の託宣により神の声を聞く。そして冬になると決まって神楽衆が村々を訪れる。冬には人々は家に居ながらにして神の姿に接することができるのである。

 権現さまを操るのは山伏注13)であった。彼らは獅子頭を使うことで人々の希求するものや、願いごとを叶えるべく超自然的な存在に働きかける。その中には火伏せ、厄除けや災難や疫病などの祓い、新築をした家や船や橋など建造物への祓いと祝福を込めた家固めの祈祷など、マイナス要因を除去した上で、プラスの要因を添加させるものがある。それから仏壇や墓前での念仏獅子や墓獅子(photo05)といわれる先祖供養や、後夜の遊びとよばれる、招いた神々の前で神歌を歌って神慮をなぐさめようとするものなど、超自然的な存在を慰撫しようとするものがある。権現さまとよばれる獅子頭に移された霊は、基本的には霞内の人々にとり地域の産土や氏神の霊である。黒森さまや鵜鳥さまの場合にはこの地方の人々が特別に深く信仰している対象である。その神々の霊力の作用と、権現さまを操る山伏のもつ験力の両方の聖なる「力」の効果により、この地方の人々の求めるものが叶えられると信じられているのである。

(2)神楽

 神楽が演じられるのは神社の祭りの宵宮あるいは祭礼当日と、初春の廻村の折である。祭礼のときの神楽の演目は祓いの舞としての「清祓」と「山の神舞」と「恵比須舞」の三曲が通常は選ばれる。神楽を本格的に見ることができるのは、村々を巡って来る初春である。黒森神社や鵜鳥神社での「舞い立ち」に先立ち、宿取とよばれる人が村々のいつも泊まる家をまわり、今年の宿をお願いする。こうして人々の間に舞い立ちの日取りが伝わり、「神楽が舞い立ったから来んべぇ」注14)といって、春を運んでくる神楽がもうすぐ自分たちの村へもやって来るのだと心待ちするのである。

 神楽は一夜でだいたい一二曲演じられる。これらは役舞七〜八曲と狂言、かづらまたはかづらものとよばれる女舞、そして剣舞または武士舞、仕組み、手踊りなどから構成されている。役舞は必ず演じなければならないとされている重要な曲目である。記紀神話に由来する物語が主であり、沿岸地方の神楽の独特な神話解釈に基づいた内容である。基本的には「御神楽」あるいは「御祈祷」とよばれる天岩戸神話に基づいた天照大御神が岩戸から出現するまでの内容と、地域の生業神的な性格の濃い山の神と恵比須からなる。一村内に二晩以上泊まるときには、御神楽系の演目を少し変えて、役舞に変化を持たせて演じられる。三番目になると神話などの由来に基づく神楽の中から舞のみをとり出したもので、ストーリーはなく舞のみで一幕が終わるものを演じるようになる。狂言は道化が出て、太鼓を打つ胴取りとのかけあいで物語が進行してゆく。面を使うことが多い。大筋は決まっているが即興的な部分が多く、時事を取り込んで臨機応変に受け答えするものが要求される。次のかづらまたはかづらものというのは女舞のことである。役舞の一つとして演じられる「岩長姫」は分類上はかづらに入るという。かづらの中には女の怨念とか妄執といったものを主題とした「鐘巻」や「機織」などがある。三輪山伝説を素材とした「小田巻」もかづらである。当地方にはこの三輪山系と同じ伝説をもつ赤沼という沼があり、その近くに住む家にはかつて大蛇の掛け軸があった。そして神楽がこの家に宿をとると、必ず「小田巻」をやらされたという。剣舞あるいは武士舞とよばれるものは幸若舞曲に共通したものが多く、戦語りをしながら舞う武士の舞である。仕組みというのは舞よりも語りが中心でストーリー性があり、語りさえ覚えればできるという。仕組みでは謡の部分を胴取りが受け持ち、その他は実際に演じる者がせりふのように語る。

 黒森神楽ではかづらものと剣舞は仕組みの中に分類している。鵜鳥神楽で二晩目に演じるものを役舞のマクフタゲ、三番目以降に演じるストーリーのない舞中心のものをマクフタゲと称している。分類の方法は各神楽組により少しずつ異なるが、組み立て方は両神楽とも基本的には一致している。そこで一夜に演じられる神楽がどのように組み立てられるかを次に見てみたい。

(3)神楽の組み立て方

 陸中沿岸地方の神楽団は集落に入るとまずその地の氏神または産土社に参拝して権現舞を演じ、次に地域の旧家から順に門打ちをしてまわる。そして夕方宿となる家の前で舞い込みの儀式を行い、床の間など所定の場所に権現さまを安置する。夕食が済み一段落すると、神楽の諸道具を置いた部屋を楽屋としてその前に幕を張る。この幕の前の畳二枚ほどの空間が当夜の神楽が演じられる舞場となるのである。

 神楽は基本的には一晩で一二座演じられるが、仕組みの中でも長時間にわたる演目の場合は一曲で二座とみなされることもある。また宿の都合で役舞が終われば早々に幕をあげて宴会となってしまったり、逆に夜が明けても雨戸をたてたままで延々と演じ続けたということもある。しかし規定の役舞だけはやはりやってもらわないと困るという信仰は今でもこの地方で強く生きている。 ☆打ち鳴らし 神楽の始まりの儀式で、全員が幕を張った舞場に座り神降ろしの歌をうたう。

1清祓(photo06) 伊弉諾尊面をつけた者の一人舞で、桃の枝、塩、太刀により四方を祓う祓い清めの舞。

2榊葉(photo07) 直面の一人舞で、神楽の基本とされる舞。扇、錫杖、弊をもち、激しい足踏みを伴った非常に荒々しい舞であり、酒、米を撒く。この曲は新築の家に招かれた折などにも所望される清めと祝いの舞。

3岩戸舞(二人岩戸ともいう)(photo08) ここからが記紀神話に基づく役舞のはじまりで、手力男尊と経律主尊面を二人舞で、魔物を祓う舞とされる。

4岩長姫 若女面をつけた一人が出て女舞を舞う。この女は素戔嗚尊に退治された大蛇の霊が残って岩長姫に姿を変えたもので、熱田明神に治めた草薙の剣を奪おうとする。そこで大和武尊が蛇の霊を退治する。

5三番御神楽(御祈祷ともいう)(photo09) 直面の拝み手、黒尉面の三番叟、直面の春日と八幡の二神の計四人が出て、天地開闢からおのころ島の生成、神々の誕生、そして天照大御神が岩戸に隠れたという御神楽の由来が語られ、拝み手が幕を押し上げて大日留女尊すなわち天照大御神が登場して五人の舞となる。その後大日留女尊が中央に立ち、祈祷のことばが唱えられ、拝み手、三番叟、大日留女尊が退場し、春日・八幡の二神による御神楽の舞となる。

6松迎(photo10) 若男面をつけた千秋・万歳の兄弟による二人舞で、新しい年を祝う舞。

7狂言 道化役と胴取りのかけあいによる即興性の高いもの。「粟蒔」は役舞に準じるものとされ、「三番御神楽」の後に演じられることが多い。

8山の神(photo11) 赤い面の一人舞で最も大切な舞であり、必ず演じられる。山の神舞が終わるまでは酒を飲んではならないものとされているため、この後で中入りとなる。  中入り 約一時間の休憩で、この間に観客からの「花」とよばれる祝儀の金銭の額と、 それを納めた人の名が読みあげられる。

9恵比須舞(photo12) 恵比須面をつけた一人舞で、赤い作り物の鯛を釣り上げる。

10手踊り(photo13)

11仕組み(photo14)

幕あげ

 以上が一夜の神楽の構成の一例である。10番目以降にかづらとよばれる女舞や武士舞などが入る。上演時間の長い仕組みがプログラムに組み入れられるときには、この構成のように短時間ですむ手踊りと組み合わせ、しかも一一曲で幕あげとしてしまうこともある。右のうち九番目の恵比須舞までが役舞であり、狂言以外は宿がかわれば毎日同じ演目を演じなければならず、それ以外の三〜四曲が宿がかわるごとに変化してゆく。これらのヴァリエーションは中入りに「花」が納められた折にリクエストされて決まることもあり、また神楽宿の主人に初めから所望されることもある。これはまた若手の神楽衆にとっては新しく習得した舞の発表の場にもなっている。

▼ Next


注11現在獅子頭は宮古市立図書館に保管されている。

注12神田より子「陸中都の神子舞と託宣」30−49『民俗芸能研究』第二号 昭和六〇年民俗芸能学会

注13神田より子 前掲書(9)

注14神田より子「鵜鳥神楽−神楽が舞い立ったから来んべえ」68−85頁『宮古地方史研究』第三号 昭和六一年 宮古地方史研究会


■ Previous ■ Next ■ Back to Index(黒森神楽) ■ Back to Main Index ■


トップ黒森神楽役舞の世界-陸中沿岸地方の神楽より- :3.権現舞と神楽

Copyright (C) 1997-1999 Y.Kanda All rights reserved.
Issued by W.Paku & S.Machiki & A.Yoshizaki (aki@seaple.icc.ne.jp)