トップ黒森神楽役舞の世界-陸中沿岸地方の神楽より-

役舞の世界-陸中沿岸地方の神楽より-


1.はじめに −問題の所在−


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  神楽が描き出す世界は、現実の生活世界を越えて、超自然的な世界にいるとされる神々や悪霊や鬼などを具体的な姿や形をとって我々の目の前に示してくれる(photo01)。日本の全国各地に伝えられる民間の神楽 注1)は、『古事記』や『日本書紀』に描かれた天岩戸神話の枠組に依拠しながらも、地域ごとの独特な神話解注2)をおこなうことで、神楽を演じている人々や、神楽を見る人々の信仰、日常の生活世界、生きてきた歴史を反映させている。神楽はそのような意味で地域社会の宗教的な世界を表現したものととらえることができると考える。そこで本論文では以下のように二つのポイントについて考えてみたい。まず第一に神楽によって表現されたものが、それを受容する立場の人々の、つまり観客の希求にこたえようとしているものであるという点である。演じている人々がどのような枠組をほどこそうと、民間の神様はかならず受け手を必要とする。演者によって表現されたものが、受け手に感動を与え、理解され、納得されるものでなければならない。しかもこの感動は演者の行為のたくみさとか美しさといった意味のものだけでなく、信仰的、宗教的な感動注3)が伴っていなければならない。そして信仰的、宗教的に理解され、納得されるために、託宣・祈祷・火伏せ・身固め・厄払いなどの直接的で機能的な表現により、演じられる内容が説明される。また特定の演目については神様の舞だから酒を飲んではいけないとか、女性は観てはならないなど観客にタブーを課すことで宗教性、神秘性を強調する場合もある。第二に神楽は演者の立場を表現しようとするものであるという点にある。演者の依拠する信仰や、宗教的世界観を表現するために、地域の神話・社寺や堂社の成立の縁起などを神楽の演目としてさまざまに組み立てる。この組み立て方の中に彼らの表現しようとするもの、意図するものがこめられていると考える。それらが彼らの言わんとするところのものであり、こうした演目の内容と組み立て方を分析することで、彼らのもつ宗教的世界観注4)を探ることができると考える。さらに伴奏される音楽、舞台装置、舞いや踊りのさまざまな動作を通して、彼らが誇示しようと意図する宗教的・呪術的な力が見えてくると思えるのである。

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注1中世以降の修験的要素を色濃く伝え、さらに明治維新の神仏分離で変身した「地方の神楽」(五来重「民間神楽」6頁『日本庶民生活史料集成』第17巻民間芸能   1972 三一書房)という意味でのことばを用いる。

注2神話を語ろうとするものは、歴史的な時間も空間も翻訳されて、円環的な時間の中で展開するという(西郷信綱「神話と昔話」182-184頁 『神話と国家』1977 平凡社)。中世の神道論も、古典に依拠しながらそれぞれの論旨に応ずる天地の生々の説を構成するという(大隅和雄「中世神道論の思想的位置」350−356頁『中世神道論』日本思想体系19   1977  岩波書店)。

注3この場合池田弥三郎のいう芸能のもつ制約としてのものであり、観客の昂奮の質が芸術的感動でないものを指す(池田弥三郎「芸能の観客」53-59頁『芸能』1966、「芸能の位置と制約」43-63頁『芸能と民俗学』1972   以上岩崎美術社。

注4吉田禎吾は世界観(=Cosmology)とは宗教と同じ意味ではなく、宗教の一面としての観念体系として捉えている(『宗教人類学』60頁   1984  東大出版会)。そして吉田は世界観をタンバイアー(S.J.Tambiah)を引用して述べている。筆者の言う宗教的世界観は右の定義に依拠する。タンバイアーは世界観を「包括的な分類であり、神、人、動物、精霊、邪鬼あるいはそれに類するものを登場させ、空間、時間、事項、身振りなどの用語を使い、宇宙を秩序あるシステムとみなす概念や関係に与えられた枠組みである、」と述べている(from the General to the Particular' p.3 ”Culture, Thought and Social Action−An Anthropological Perspective−”1985 Harvard University Press)。


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