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3.神子舞と湯立託宣の実際


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(1)概要 

現在宮古市で神子舞(photo18)と湯立託宣が行なわれているのは次のとおりである。

 旧暦6月14日 宮古市山口黒森神社祭礼
  〃 6月17日  〃   鍬ヶ崎熊野神社
 新暦九月15日  〃  横山八幡宮

 かつては各地でさかんに湯立託宣があったという。こうした祭礼には、神官以外に湯立を行なう法印、託宣と神子舞を舞う神子、そして神事の間中打ら鳴らされる楽の拍子と権現舞(photo19)、湯立託宣の後の山の神舞や恵比須舞を演じる神楽衆が参加する。  

 陸中沿岸地方の神子は、師匠のもとでの修行の後にダイジユルシがあって一人前になる。その折に神楽衆を招き、神楽の拍子に合わせて神子舞を舞う。

 神子や法印と共に春から秋にかけて、当地方の祭礼に参加する神楽衆は、冬期には二ヶ月位かけて陸中の沿岸を旅をして歩く。宮古以北の普代村あたりまでを「北廻り」、宮古以南の大槌町吉里吉里あたりまでを「南廻り」と称して、一年おきに交代でまわって歩く。彼らは黒森神社の権現様を奉じて歩くので、黒森神楽と呼ばれている。南部地方に広く伝わる山伏神楽の一種である。

 湯立を行なうことのできる法印は、宮古地方に現在三人いる。三人とも神職の資格をもっているが、かつては修験の家で、大法院、威徳院、万法院といっていた。

 湯立託宣の行なわれる黒森神社は、旧閉伊郡山口村(現宮古市山口)の後方にある標高310メートルの黒森山頂近くに鎮座する。かつては黒森権現社と言い、千手観音を祀っていた。旧6月14日が黒森神社の祭礼に当り、神事の後で湯立託宣が行なわれる。 


神子舞

権現舞

(2)湯立託宣の実際

 昭和60年は7月31日が旧暦6月14日に当っていた。朝10時に黒森神社(photo20)本殿において、楽が奏される中で神事が行なわれる。社殿に向って右側に神官、法印、神子、神楽衆が、左側に氏子や関係者が並ぶ。

 神事 祓

     修祓

     祝詞奉上

     権現舞

     玉串奉典

 以上で神事が終了し、表彰式の後、湯立託宣と神子舞になる。

1・湯立

 湯立託宣が行なわれるのは、神殿より一段さがった神庭で、湯釜(photo21)に火を焚いて行なわれる。釜の四方に湯立釜廻御幣を立て、その周囲と打違えに白紙を長く切りのばした注連を張る。釜を通して神殿に相対する位置に御座を敷き、釜のわきに剣者幣と水神幣を立てる。これらを準備するのは神楽衆である。

 午前11時に湯立託宣が始まる。青い狩衣と袴に烏帽子姿の法印と、緋袴に孔雀を描いた千早を着た神子が釜の前に並んですわり、後方には胴取を中心に左右に鐘や笛を奏する神楽衆がひかえている。

 法印が「祓い詞」、「大祓い詞」を唱え、神子は珠数をもんで、「大祓い詞」の時は唱和する。神楽衆は「打ち鳴らし」の楽を奏し、「座揃い」の歌がうたわれる。

    座揃い

神楽衆 打ち鳴らす誰もが鳴らさぬ山奥で

      鳴らして後は神が喜こぶ

   打ち立つる音のよき調子の初音をば

     まつよいさくにまいらするもの

   御祈祷に千代の御神楽まいあそぶ

     参らせたれは重ね重ねに

   庭中にチ釜たててわかす湯は

     もとの清水に劣らざるもの

   音に聞く高天原はここにあり

     あつまり給え四方の神々

   神々は今こそおります長浜を

     あしげの駒に手綱ゆりかけ

 次は「神降ろし行事」である。法印は塩の入った三宝をとり、釜の方向に向って塩をまく。次に神子も同様にまく。

 太鼓が小きざみに打たれ、法印は「湯立祝詞」を喝える。神子はこの間珠数をもんでいる。  法印は二礼二拍して立ち上り、剣者幣を手にとって釜の前に進み、「湯立てのシキジョウ」という神歌をうたう。これを「シキジョウをかける」と言い、上の句を法印がかけると、胴取以下神楽衆が下の句を唱和する。

    湯立のシキジョウ

山伏 しきなればしきよと申す夏のしき

胴取 しきよりごぜんに遊び申せば面白や

  献上申す剣者のみてぐらは

  おおやさき悪魔とまらず面白や

  庭中に千釜たててわかす湯は

  もとの清水におとらざるもの面白や

  八雲立つ出雲八重垣つまごめに

  八重垣つくる雲の八重垣面白や

  注連切るに注運切り刀をもちそえて

  あつたの庭のやいばなるも面白や

 五曲目の時に剣者幣の柄の方で湯釜の周囲の注連を切り、釜の湯をかきまわしながら「大道神祇の文」を唱えて、様々の祈願をする。

 次に法印は二束の笹をとり、釜の中の湯に浸して周囲に振りかける。この折に神楽衆は、

神楽衆 湯花をば笹の葉うらにとめそめて

      四方の神はうけてよるこぶ

     よきことは始めと末とに雨降らす

      雨はのどかに小夜にこそ降る

の神歌をかける。

  終ると法印は釜に向って拝し、神子と向いあってすわる。

 神子は「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前」と唱えて、印契を九回結び、刀印を結んで縦横に九回九字を切って笹を受けとる。この間に次の神歌がうたわれる。

神楽衆 若神子がかのうが庭で祈りする
      祈りも叶う幸いもよし
    千早ふる神のおしえる神子舞は
      千代よろずまで利生ひろかな
    神子舞は神代の舞の始めなれば
      よろずの舞の始めなるもの
2・託宣と神子舞(photo22)

 神子は両手に笹をもって立ちあがり、胴取の前に出てすわり、拝してから立ちあがる。両手の笹を大きく開き、また閉じるようにしながら四方を拝し、舞となる。順の方向にゆっくりまわり、左右の笹を足の運びに合わるせように振り、またまわり返す。神子が胴取の前にくると「シキジョウ」がかけられる。上の句を神子がうたい、下の句を胴取がうたい継ぐ。その間に神子はゆっくりと舞いまわる。はじめにうたう「シキジョウ」は神を降ろす「タカ神のシキジョウ」で、この歌の後でタカ神の託宣がある。

タカ神のシキジョウ

神子 しきなればしきよと申し夏のしき

胴取 しきよりごぜん遊び申せば面白や

  千早振る神のみ祓いする人は

  千歳の栄えあるとこそ聞く

  祓いするここも高天原なれば

  集まりたまえ四方の神々

  久方の天の八重雲押しわけて

  あまくだりませあまつ神々くにつ神々

  このお山前の鳥居に鶴をしへ

  下には亀が御老こそひく

  庭中に千釜たててわかし楊は

  もとの清水に劣らざるもの

  さわさわとわく湯なれども立つ湯気は

  きえてすずしさ神の庭かな

  御祈祷に千代の御神楽舞い遊ぶ

  参らせたまえ 四方の神々

  神々はさこそやうれしくおぼしめす

  よろずの神はうけてよろこべ

  若神子がかのうが庭で祈りする

  祈りも叶う幸いもよし

  うち立つる音のよさ調子の初音をば

  まずよいさくに参らするもの

  神道は千道百道道七つ

  中なる道が神の通いみち

  伊勢大神天が岩戸に

  おし開き押せや開けや天が岩戸を

  高神は今そ降りきて利生をひろめ

  あし毛の駒に手綱よりかけ

 終ると神子は笹を前方顔の前にもち、右足を一歩前に出して胴取の方を向き、「タカ神の託宣」(photo23)がある。神子の「託宣」に対して、綱取が受け答えをし、また聞き合わせをする。これを「願上」という。

    タカ神の託宣

神子 オーンナカナカ 伊勢には伊勢神明天照皇大神宮 遠くには熊野三社 ならびに今日しらたいの鼓 みずのぼんてんささげゆく 天下泰平 五穀成 就と守りおこう

胴取 ありがたし  今日こんにちを吉日と定めまして 伊勢神明皇 大神宮を 崇敬者一同よりつどい いわじろのミテグラをささげ くがたちのかみわざをつかいまつる 乞い願わくば天下泰平 国家安全 尚当年の農作は豊作 尚交通安全 海上安全 身の上健 康のところをひとえに乞い願いあげたてまつる

神子 オーンナカナカ 今日こんにち 心をそろえそろわせられおき 御幣しらだいによ りまさしあげられおきこはかたじけない 神に信仰心願の道 ゆくさきにつきおいては 何のおろかもなきよう われわれ守りおいて 喜びはとらせおくものなれども 当年の農作のみがたとあろうものならば われわれ七部八部と実り農作豊作のところを守りおいて 喜びはとらせおこうものなれども七月の月半ばすぎ 八月の月はつかと前に向えおいて悪風悪難のところは かわりおいてもかわりがたなくとはめようごう

胴取 ありがたし その節におきましては 悪風悪難 胸のおどろ きごとがござりましようとも 八百万タカ神様の御功力をもって すいじすいじと踏み鎮め 当部落安泰家族円満 諸願成就 商売 繁昌のところをひとえに乞い願いあげたてまつる

神子 オーンナカナカ  カゴク一同心に気をつけおき 心にたんねんとこころえおいて神 に信仰心願の上ならは いかに悪風悪灘のところあろうともわれわれで踏み鎮めおいて 実り農作豊作のところを与えおいて 喜びはとらせおこうものなれども六月の月と申そうか 七月の月 八月の月にむかえおいて とうきのでこいいれくいやんもうやく なん(注 病法病難のこと)ぶせつごとかわりてもかわりがたなくとわみようごう

胴取 ありがたし  その節におきまして やんもうやくなん胸のおどろきごとがございましようとも 八百万の神々の御功力をもって 千里が浦に遠ざけまして 当部落安泰 家族円満 諸願成就 商売繁昌 身の上健康のところをひとえに乞い願いあげたてまつる

神子 オーンナカナカ  カゴク一同心をそろえそろわせられおき 心にたんねんの上なら いかにへいやんもうやくなん風雪事あろうとも よそのけんもんと踏み鎮めおいて いかにとおるおやくともおかるくとうしとう させおいて 喜びはとらせおこうものなれども カゴク一体につ きおいて 心をそろいそろわせられおき 神に信仰心願もよけれ ども かさねがさね神に信仰心願のうえなら いかに悪き月日あろうとも よそのけんもんと踏み鎮め ゆく先につきおいても 何のおろかもなきよう ゆく先こまのいさみのところ守りおいて 喜び かんのうは広めおこう 当町安全 交通安全 五穀成就と 守りおいてカゴク一体と喜び かんのうは広めおこう

託宣が終ると次の神歌が入る。

神子 神のぼしこうざが山の雲晴れて

胴取 のぼらせ給え四方の神々

 続いて神子と胴取によるトコロ神を降ろす「トコロ神のシキジョウ」がかけられる。

    トコロ神のシキジョウ

神子 ところではところの神のほうがまし

胴取 それにましたるほうはなきもの

  小夜ふけて向うの渚を見渡せば

  神の御船は上りてもよし下りてもよし

  この浦の出船のじょうじ知る時はよ

  おがめば神の利生あるもの

 この浦の入れ船のじょうじ知る時はよ

  船に宝を積んでまいろうや

  神雀船のやぐらに巣をかけて

  波はこせども子は育つもの

  船カゴが船のやぐらにひるあそび

  金のまくらに銭の手あそび

  ところ神今こそ降ります長浜を

  あし毛の駒に手綱よりかけ  

 「シキジョウ」が終ると再び詫亘となる。今度はトコロ神である黒森神社の祭神の託宣である。

     トコロ神の託宣

神子 オーンナカナカ  上には焚天 下へてんのう ところは神社おぼしなきのもと大旦 那小旦那 カゴク一体におそいこと かんのうは広めおこう

胴取 ありがたき いつも例年変りなく 今日この日を吉日と定めまして 黒森神社御祭の神わざをつかいまつる 信仰者一同この おく所により集い、御酒、洗米、こうけ燈明 かしわ手をささげ まして競い上げ奉るところは 天下泰平 国家安全 大漁成就尚 もって農作豊作の所願い上奉ります

神子 オーンナカナカ  今日こん日氏子総代並びカゴク一同につきおいて心をそろえそろ わせられ 御幣シラダイによるまい 御酒、洗米、あかし燈明さ し上げられ 神に信仰の道とはかたじけない われわれうしろ前 にたちかわり 守りの神と相なりおこうものなれども 六月の末 七月の月かけ合せ中ば末 八月にむかいおいたなら ひとえ日ま しに漁運漁物のところとらせおこうものなれども 六月の月と申 そうか六月の末 七月の半ばあとさき 八月の二十日と前にむか いおいて 海上について荒き波風 胸のおどろきごとのがれがた なくとはみようごう

胴取 ありがたし その節におきまして 海上におきまして荒き波 胸のおどろきごとがございましょうともトコロ神様の御功力を もって 千里が浦に遠ざけまして 船中あんのん 当部落安泰 家族円満 諸願成就のところを ひとえに乞い願いあげたてまつる

神子 オーンナカナカ  今日こんにら氏子総代一同心をそろえそろわせられおき 神に信仰心願の上とこころえおいたならば いかにゆくさきにつきおいても なんのおろかもなきように農作豊作のところも与えおいて 喜びのところをさずけおこうものなれども こうさく等につきおいては よく心に気をつけて 心にたんねんと心得おいてたまわれ たまわるものならば 我々うしろ前にあい立つかわりおき 心はしのぎしのがずおいて 喜びをとらせおくものなれども 六月の月日 七月の月日半ばすぎと申そうかや 八月の風は吹くと 申そうかや 九月の月日半ば 十月の半ばと前にむかえおいて てらすのえちみ(注 火の災難のこと)火事災難の胸のおどろきごと かわりてもかわりがたなくと みようごう

胴取 ありがたし 神は人の崇うによって威を増す 人は神の守りによって運を生ずるいかなる火事災難胸のおどろきごとがござりましょうとも 黒森神社のミイズをもって当部落安泰 すいじすいじと踏み鎮め 当市安全 当部落安泰 身の上健康のところをひとえに乞い願いあげたてまつる

神子 オーンナカナカ  カゴク一同心をそろえそろわせられ 心に気をつけ 心にたんねんの上ならば いかに火事災難胸のおどろきごとあろうとも よそのけんもんと踏み鎮めおいて ゆく先になんのおろかもなきよ うに 守りの神とあいなりおこうものなれども カゴク一体につきおいて 心をそろえそろわせられ 信仰心願のよけれども かさねがさね神に信仰心願の上と心得おいたならば いかに悪さ月日あるとも よそのけんもんと踏み鎮めおいて 行く先につきおいても 何のおろかもなきよう いつもにもそろえそろわせ 思うしようみよう成就かなわせて喜びかんのうは広めおこう 当町 安全 交通安全 商売繁昌 海上安全 漁運漁物のところもあい さずけおいて カゴク一体に喜びかんのうは広げおく
    神送りの歌

神子 神は行く君はとどまる来る年も

胴取 なお来る年もかみぞろえしようや

  託宣が終ると、神子は四方をまわってから三足を踏む。これは左方向に右足で、かかと・つま先・かかとと踏み、もう一度くり返す。次に右方向に左足で同様に踏み、さらに左へ右足で一回踏み、全部で四回踏む。三足を踏み終ると、二束の笹を右手にもって順逆にゆっくりと「笹の舞」を舞い、終ると笹を置く。

 次は「水神の舞」で、笹の枝に四垂をつけた水神幣を右手にもち、「シキジョウ」をかけながら舞う。

   水神の舞のシキジョウ

神子 大水神の渡る瀬はよ

胴取 滝より上は渡らざるもの

  小水神の渡る瀬はよ

  滝より下は濁らざるもの

  山の神育ちはいずこで奥山で

  松杉の堂椹がもと

  お稲荷は七つが森八つが平をわがままに

  こんこん立てて峰に上ろうや谷に下ろうや

  あれを見よ沖には沖と見えしもの

  (黒)(森)神社拝み申せば面白や

  滝の神つなひく糸のつなひけば

  つなをばひかぬ しぢょうこそひく

  打てばおさめる今日の御神楽は

  今日立てたるは千代の御神楽

  終ると水神幣を置く。

 次は「わが法」で、手に何ももたず胴取の前で印契をつくって舞い、三足を踏む。二種類の印契を用いるものでこれを「権現の手」という。この後「九字の手」といって、舞いながら刀印を結んで四縦五横に九字を切って三足を踏む。この時最後に切る刀印を胴取に向って投げつけるように行ない、胴取はこれをバチで受ける。

     九字の手の神歌

神楽衆 神子舞は神のいさみの舞なれば

     よろずの舞のはじめなるもの 

 次に着ていた千早をぬいで、三足を踏んでから、千早を捧げるように舞いまわる。

     ししや牡丹の神歌

神楽衆 ししや牡丹(photo24)を拝むには

     拝めば神も利生あるもの

神楽衆 神衣たたみ手にとりもちて拝むには

    拝めば神も利生あるもの

 最後は「舞いくだり」で、三足のあと、両手を大きく三回輪を描くようにして舞って、舞い納めとする。この時「打ち鳴らし」として神送りの歌がうたわれる。

   打ち鳴らし

神楽衆 神あげて高座が山の雲晴れて

     のぼらせ給え四方の神々

神楽衆 神はゆく君はとどまる来る年も

     なお来る年も神揃いしようや

これで神子舞が終り、この後「山の神舞」や「恵比須舞」などの神楽が奉納され、最後に直会となり、胴取の合図で「ごいわい」がうたわれる。

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