浙江省定海の布袋戯−結婚式前日の祝福劇(2007年の図録と映像)
                                              野村伸一

 2007年12月27日、浙江省舟山市盤峙(パンジ)村のある家庭で結婚を祝う傀儡戯がおこなわれた。場所は新郎の家である。

 結婚式の前日  結婚式の前日、新郎の家では午後12時半ごろから家族の拝礼があり、祝いの客が集まってくる。そして、一時間ほどのちに、家内に設けた舞台で布袋戯がはじまる。
 演目は『李白出考』。賄賂の金を用意できなかった李白は科挙の場から追い出された。だが、のちに蕃国の書を読解して朝廷に登用される。そして最後は林帯玉(大丞、大臣)の妹と結婚する。
 こうした筋立ての物語が夕食をはさんで、午後10時近くまで五時間余り演じられる。

 菩薩は神  そののち、午前零時ごろまで待機する。満潮の時を待って、天菩薩(ティエンプーサ、天上の神がみ)と祖先をこの場に迎える。この地方では神を菩薩とよぶのは興味深い。また菩薩と祖先をしかるべき時間に迎えて結婚式を告げ知らせるのも注目される。
 やがて『八仙』、『天官賜福』、『十子図』、『周文平出考』といった一連の祭祀劇(祝賀劇)を演じる。

 侯家班  この傀儡戯は一人の傀儡師(侯雅飛<ホウ・ヤフェイ>、女性、1952年生)が歌いかつ演じる。侯雅飛氏は声量も豊かであり、その演戯も非常に巧みである。この地域の専業の傀儡班はこの侯家班(ホウジャバン)だけである。
 こうした祭祀劇を経て、翌日、新婦が新郎宅に迎えられる。新婦側は門口で祝儀を出すように要求される。こっけいなやりとりのあと、麻袋の上を歩いて、屋内にはいる(後掲図版11参照)。

 映像 (4分17秒)
 内容
  1 『李白出考』の末尾、結婚の場面
  2『十子図』では九人の息子と二人のむめにめぐまれた一家に、さらに孫の男の子が生まれる。の結婚の場面。結婚式の前日らしく、結婚の場面がくり返される。
  3『周文平出考』。周文平は賢い孝子。母親が待っているところへ、科挙に合格して戻る。子供も授かり、抱き上げる母親。
  4新婦側の嫁入り。新郎側の男たちと新婦側のやりとりは愉快である。新郎側は実は、新婦を迎えにいったとき、十分な結納金を渡している。なお、この地方では新婦用の「花轎(ファチャオ)」に乗って嫁入りするのがならわし。また麻袋の上を歩くのは「伝代」(チュアンダイ)という。袋と代は同音dai。

  参照
 野村伸一 『東シナ海祭祀芸能史論序説』、風響社、2009年、305頁「現在伝承37」。
 馬場英子「舟山の人形芝居―侯家班上演の「李三娘(白兎記)」財団法人東洋文庫東アジア資料研究班(田仲一成、斯波義信、小南 一郎)編『中国近世文芸論―農村祭祀から都市芸能へ』、財団法人東洋文庫、2009年。


1音楽に合わせて一人で巧みに傀儡を操る傀儡師侯雅飛。

2舞台は一時間ほどでできあがる。


3祖先への供物。


4祖霊の座が整えられている。

5李白(中央右)が蕃国の書を読み解く。

6夜半、祖先に対して拝礼する。


7李白(右)は登用され、大臣(中央)の妹と結婚する。

8李白の結婚式を背に祖先に拝礼する新郎の母親。これは満ち潮に合わせてやる。


9新郎と父親の拝礼。


10深夜、3時過ぎまで傀儡戯はつづく。『周文平出考』の末尾、子供が授かる。


11翌日昼前に迎えられた新婦。麻布の上を通って新郎の家にはいる。


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