国民的ベストセラー『学問のすゝめ』(1872~96年)に先立つ慶應4年( 1868年)、慶應義塾が発足した記念すべき年に、維新政府軍と旧幕府派の対立が激化した戊辰戦争が勃発し、5月15日の上野彰義隊の戦いを迎えた江戸市中は混乱をきわめ、「芝居も寄席も見世物も料理茶屋もみな休んでしまって、八百八町は真の闇(やみ)、何が何やらわからないほど」でした(『福翁自伝』)。けれどもそのなかで福澤諭吉はいつもと変わらず土曜日の日課であるウェーランド経済書(Francis Wayland, The Elements of Political Economy,1866)を講述する授業を続けたのです。それは、世の中にたとえいかなる変動があっても、慶應義塾の存する限り、わが国における学問の命脈は一日たりとも絶やしてはいけないことを象徴するエピソードとして、長く語り継がれてきました。1954年 からはその日、5月 15日は「ウェーランド経済書講述記念日」?と定められ、毎年三田演説館で記念講演会が開かれています。
数年後、わたしが修士課程に進んだ頃でしょうか。わたしはとある作家の作品を読んでいました。それはCarson McCullersという作家のThe Ballad of the Sad Cafeという奇妙に歪んだ愛の物語でした(すごくよい小説。ぜひ読んで)。その作品はそれほど長い作品ではないので、そのペーパーバックにはその他の短編小説が収録されいました。それを読み進めていたとき、あっと思いました。
あったのです、フィンランドの王様の物語が。
それが “Madame Zilensky and the King of Finland”という短篇でした(「なんとかスキー」はジレンスキーだった)。わたしは急いで読み始めました。わかるわかる。すごくよくわかる。そして相変わらず奇妙な短篇でした。奇妙で魅力的な短篇でした。
こうしてこのひねくれ男は一つの「格言」をひねり出しました。「書いている人間の無知を確信するまでは、その著者よりも自分の方が無知だと思っておけ(until you understand a writer's ignorance, presume yourself ignorant of his understanding)」。
まあ読んでいるうちに気づいたでしょうが、これは過去の実在の人物のお話です。もちろん私――ではなく18世紀末から19世紀にかけて活動したロマン派詩人サミュエル・テイラー・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge, 1772-1834)が自分の「文学的自叙伝」で披露している見解で、いろいろなところで引用されていますから、どこかで似たような言い回しを目にしたことがあるかもしれません。
読書三昧の引きこもりの日々は幸福な時間でした。この時期に出会った作家のうちで際立って面白かったのがイギリスの小説家D. H. ロレンス(1885-1930)です。夢中になって読んでいると、一日に英語版を200ページほど読了することもありました。自らを「思想の冒険家」と称するこの作家を研究したい思うようになり、英米文学専攻に進むことにしました。例年とは違う時期に学年末テストや英米文学専攻への選考試験を受け、1973年の秋に三田に進級しました。半期で一年分の授業が行われるという怒涛の日々で、とにかく忙しかった。毎日のように三田に通い、教室か図書館でほとんどの時間を過ごすという、過酷で、でも楽しい時間を過ごしました。多くの先生たちから「学問すること」の喜びを学びました。学部・大学院での指導教授であった安東伸介先生(1932-2002)からは、説得力のある論の導き方から日本語の正しい表現まで徹底的に教えられました。義塾の専任だけでは広い研究分野をカバーすることができないので他大学から優れた研究者たちが講師としていらしていました。小池滋先生のもとで19世紀のイギリス小説を読み、富士川義之先生には英詩の世界へと導いていただきました。日本を代表する研究者のもとで学ぶことは最高の贅沢でした。両先生には大学院でも指導を受けました。
英米文学専攻研究会ガイダンス(2年生向け)
またも直前のお知らせとなります(ゼミや基礎講読ではお伝えしていますが)。標記ガイダンスが以下の形で開催されます。詳細はこちら。
日時:2023年11月15日(水) 13時〜14時30分(基礎講読の時間)
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 西校舎513番
英米文学専攻研究発表会(2〜4年生向け)
標記研究発表会が以下の形で開催されます。各研究会から代表者が自身の研究内容について発表する大事な機会ですから、極力ご出席ください。2年生の出席は必須です。詳細はこちらのBoxに随時アップされます。
日時:2023年11月18日(土) 13時〜16時(二年生はその後感想記入)
場所:慶應義塾大学三田キャンパス 西校舎517番
アートセンターBooklet 30「没後 40 年記念 西脇順三郎 無限の過去、無限の未来」
先般発行され慶應義塾大学アートセンター(KUAC)の冊子です。専攻の初期重要人物西脇順三郎について、徳永聡子、松田隆美といった専攻教員も寄稿しています。ぜひお手に取ってください。
ポスターはこちら
常設のお知らせ
大学院生の学会賞受賞について
標記受賞についてのお知らせを掲載しました。
「博士の学位申請および論文審査に関する手引」について
大学院文学研究科英米文学専攻に対し博士の学位申請を行うにあたっての、要件やプロセスを規定した「博士の学位申請および論文審査に関する手引」(第5次改定版)を公開しました。
pdfファイルはこちら。
慶應義塾大学大学院コロキア同人ウェブサイトについて
大学院文学研究科英米文学専攻の学生により運営されている「コロキア同人」のウェブサイトがリニューアルして公開されました。
同人の活動や刊行物についての情報はこちらからご覧ください。
2023年度新学期ガイダンス
3月31日に開催されたガイダンスの録画をアップします。たいへん適当に撮ったものなので、基本的には音声面を参考にして下さい
松田隆美(英米文学専攻教授・イギリス文学)最終講義開催
2023年3月9日(日)に慶應義塾大学三田キャンパス西校舎で行なわれた松田隆美君の最終講義「旅のナラティヴと中世英文学研究」が無事に終了いたしました。ご来場ならびにウェビナーでの多数のご参加(400名近いと見積もっています)、心より感謝申し上げます。
当日の様子をクリップ風にまとめました。雰囲気のみですがお楽しみください。
2020年度オンライン・ガイダンスguidance online
2020年度はコロナ禍で4月のガイダンスが開催できなかったので、オンラインで専任教員、名誉教授がリレー・エッセイを書きました。(▼以下はクリックで展開します)
1 英米文学へようこそ! 巽 孝之(2020/4/8)
2 ピアノ1台分の本 松田 隆美(2020/4/12)
3 シェイクスピアへの細道(The Plain Man's Pathway to Shakespeare) 井出 新(2020/4/15)
4 「作者氾濫の時代」の道しるべ(A Guide to the Students of the Department of English in the Age of Authors) 原田 範行(2020/4/22)
5 現代英語学と英語学の現代(たぶん慶應的でたぶんとても井上的な) 井上 逸兵(2020/4/29)
6 フィンランドの王様の思い出 大串 尚代(2020/5/18)
7 バカなのは俺の方じゃね? 高橋 勇(2020/5/23)
8 「専攻の学びのコツは点から線へ」 堀田 隆一(2020/6/1)
9 「引きこもり生活も悪くない!?」 河内 恵子(2020/7/20)
「西脇順三郎先生、厨川文夫先生の思い出」宮 利行(英米文学専攻名誉教授、英文学)(pdfバージョン)
秋学期になりましたので、英米文学専攻リレーエッセイ(未だにオンライン・ガイダンスもないので、タイトルを変えます)を再開します。名誉教授の宮利行先生が、現在の英米文学専攻のかたちを作った西脇順三郎先生と厨川先生の思い出を文章にしてくださいました。多少長いので、PDFでご覧ください。(2020/9/14)