佐藤正午『Y』
B−.
角川春樹事務所,1998. 270p

 グリムウッドの傑作『リプレイ』と同じ趣向だというので読んだ。藤子不二雄の原作で映画化された『未来の思い出』も同様である。1980年の9月6月に井の頭線で脱線炎上事故が起き,この事故で人生のコースが変わってしまった25歳の男が,18年後に,再びその事故の直前に戻ってやり直そうとする。しかし,主人公は,この後戻りする男ではなく,その「友人」で妻と娘が出て行った43歳である。第三者であるから,このリプレイ現象を信じるかどうかといったことや自分の体験していないもう一つの自分の人生への感慨といった間接的な事柄に大部分は費やされる。構成はしっかりしているが,結局はつじつまが合うというだけのことである。登場人物,特に女性たちの生彩は乏しい。記憶を持ったままある年月を繰り返して生きるとどうなるかと言えば,運命や人生の目的などが全面に押し出されることになるはずなのだが,ちまちましたことばかりといった印象である。なお,実際には,1980年に井の頭線の事故はない。この年の8月に新宿駅でバスが放火により炎上し3人が死んだ事件があった。京王帝都にとっては,迷惑であろう。

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