フレデリック・フォーサイス『戦士たちの挽歌』
Forsyth, Frederic. The Veterans. 篠原慎訳.東京,角川書店,2002.495p.

 6編の短編,中編小説を集めている。いずれも2,3ページを読むうちに引き込まれてしまい,最後まで止めることができない。詳しい背景事情を示し,意図がわからぬ行動をとる人々を描き,ひねりのある結末に至る。
 『奇蹟の値段』は,シエナの旗祭を見物にきたアメリカ人観光客が,足をくじいた奥方をかばって小さな庭で休んでいると五十代の男が現れ,手当をし,この庭でちょうど31年前の第二次大戦中に起こった不思議な出来事を語り始める。その男はシエナにいたドイツ軍の若い軍医であり,敵味方なく運ばれてくる負傷者を手術していた。劣悪な環境で医療品もなかったが懸命に働いた。そこに一人のイタリア娘があらわれ,看病しはじめた。翌日,重病者もいたのに死者は一人も出なかった。その晩にも娘はやってきた。結局,シエナが連合軍に解放されるまで誰も死ななかった。この娘は誰だったのだろう。戦後,この男は,わずかな手がかりをもとに調べ始めた。読者もアメリカ人ももはや男の話に聞き入るしかなくなる。
 表題作『戦士たちの挽歌』は,警官が慎重に証拠や証人を集めようやく凶悪犯を有罪にしようとしたところ,突如現れた犯人と関係もなさそうな弁護人が無罪にしてしまう。何故か。『競売者のゲーム』は題名通りのオークションを舞台としたコンゲーム,『囮たちの掟』は,バンコク発ロンドン行きの旅客機の話であるが,やや強引。『奇蹟の値段』とともに読ませるのは最後の『時をこえる風』である。時間を超えた恋愛小説としてよくできており,映画にできそうな話である。

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