梓澤要『百枚の定家』
A−
新人物往来社,1998. 662p.

 見るからに分厚い1冊であるが,ひと息に読めてしまうミステリー仕立ての歴史書である。あるいは,劇画+蘊蓄ものである。藤原定家は,晩年に嵯峨野の中院山荘に住む宇都宮蓮生の求めに応じて,百人一首を色紙に一首づつ4行の仮名交じり文字で書いて贈った。この小倉色紙を蓮生は山荘の障子に貼っていたという。その後散逸し,江戸時代には何度か所在を調べることが行われ,現在でもその半数が残り,徳川美術館などや個人が所蔵している。しかしながら,国宝や重要文化財とはなっていない。それは,定家の死後,250年ほど行方不明であったことと,室町時代以後,定家の筆跡をよくする能筆家が大勢いたためである。つまり真贋がはっきりしないのである。主人公は,埼玉県の新設の美術館に赴任した32歳の学芸員である。小倉色紙が開館記念展となったことにより,新発見の小倉色紙11枚の素性を調べ始める。戦国時代から江戸初期の東常縁,宗祗,古田職部,小堀遠州らから現代の書家,さらには美術業界,この市の市長選挙までがからみあう。殺人事件もあるが,何より面白いのは,主人公が小倉色紙とそれに関与した人物たちを調べていく過程で明らかになっていく様々なことがらである。うまくできていて,とても勉強になる。

[索引]