ロバート・ウィルソン『リスボンの小さな死』
Wilson, Robert. A Small Death in Lisbon. 田村義進訳. 早川書房,2000. (ハヤカワ文庫) 上下

 主人公は二人,一人はクラウス・フェルゼンというドイツ人,もう一人は,ポルトガルのジョゼー・アルフォンソ・コエーリョ警部である。第二次大戦が始まった頃,ドイツの連結器製造会社を経営するフェルゼンは,ナチ親衛隊の名誉隊員にされ,ポルトガル語に堪能なために,戦争遂行に不可欠なタングステンの買い付けのためにポルトガルに派遣される。フェルゼンが荒っぽい手段でタングステンを集めてドイツ送りながら,次第にポルトガルに深く関わっていくという話と,現代のリスボンの女子高校生殺害事件のコエーリョ警部による捜査の過程が同時に語られていく。前者は三人称,後者は一人称である。ポルトガルの現代史と「人間は復讐心を持つ動物です。それが歴史を教訓にできない理由のひとつなんです」に表されるような何重もの復讐,それに繰り返される裏切りとを柱にしている。コエーリョ警部は,着実に捜査を進めていき,犯人を捕らえる。しかしながらそう簡単には決着はつかない。現代の事件が,過去の長い影を引きずっているというタイプで,大きな流れから細部まで注意が行き届き,入念に構成されたよくできたミステリある。フェルゼンは悪党であるが,コエーリョ警部は歴史の闇の中で途方にくれる現代人である。

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