山田正紀『ミステリ・オペラ;宿命城殺人事件』
B+
東京,早川書房,2001.682p.

 ともかく長い。しかし,中断しても読み始めれば,すぐに昭和13年の満州の世界に引きずりこまれる。本体部分は,30歳ほどの演出家善知島良一の手記である。そして,平成元年にその手記を読む荻原桐子がいる。昭和7年に建国された満州国が建国神廟を築くことになり,奉納能の代わりにオペラ『魔笛』を上演することになった。場所は,玄圃溝というところにある宿命城である。東京から大連に着いた善知島良一は,女優,プロデューサー,満州国高官などと奉天を経て宿命城に向かう。その間に,密室殺人があり,到着した宿命城でも連続殺人事件がある。これらは,途中で解読される古代の甲骨文字の文に見立てたものだ。さらに,劇場の舞台からの役者の消失,貨車の消失など数多くの不可能犯罪がある。南京事件直後の当時の満州の状況を背景として,『魔笛』の矛盾した筋立て,古代戦車,中国演劇,「鳥風琴」という蓄音機の名機,胡弓,多層搭の構造,始皇帝のものとされる巨大墳墓,満鉄図書館,どうにも概要のつかめない宿命城と数多くの大道具,小道具がある。現代のほうでも,検閲図書館,空を飛ぶ死体,頭のない死体,カード占い,暗号,並行世界などが出てくる。しかし,基本的には,二つの話が進行していくだけであるから,それほど複雑ではない。500ページあたりからが謎解きである。
 満州国を舞台にした本格物ミステリとしてよくできているし,衒学的なところもよいし,暗い雰囲気がよく伝わってくる。ただ,本格ものであるから,結局は謎解きで終わる。広げた大風呂敷が,そのままになってしまっている。「探偵小説でしか語れない真実」があるという惹句に期待したのであるが,「昭和」という時代がテーマであったとしても,南京事件と満州国だけで語ろうとするのは無理がある。弱い者が虐げられることを告発したいようだが,見立て殺人と不可能犯罪のために弱者ばかりを無惨な方法で殺していくのは作者である。また,登場人物も最初から善人と悪人がはっきりしている。

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