梓澤要『正倉院の秘宝』

 書名が地味な上に装丁も地味であるから,これが歴史ミステリーとは気付く人は少ないだろう。今度の主人公は,美術雑誌の編集者加納理江子35歳である。奈良の古い寺を取材していたら小さな直刀を抱えた古い仏像を発見する。どうやら天平時代の仏像のようである。自分の雑誌で発表しようと調査を進めるうちに,関係者が殺されたり,事故にあったりし,自分には脅迫状がくる。刀は,どうやら聖武天皇と光明皇后,それに藤原仲麻呂がとの関わりがあるらしい。さらに事件がおこり,事件の全貌とこの刀の由来とが明らかになる。『百枚の定家』に比べて,現代の事件のほうに比重が置かれるが,やはり殺人の原因が弱いし,主人公が鍵となる人物に出先で遭遇するという偶然が多い。さらに,扱われている時代が天平では,なかなか現代とはつながりにくく,また,何が「謎」かが明らかではないので,意外なところがない。最後までひっぱる力は十分あるのだから,もう少しストーリーを練ってほしい。

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