宮部みゆき『理由』
A−
朝日新聞社,1998. 573p.

 東京荒川の高層マンションで嵐の夜に発生した一家4人殺し事件の発生から解決までが扱われるが,捜査側から眺めたものではない。筆者が,事件解決後,関係者一人一人にインタビューし,事件を再構成したという形をとっている。主人公はいない。関係者の証言は,事件を後から眺めて自分の言葉で語るものが大部分である。語り方で,その人物の性格がよくわかる仕組みになっている。事件の背後には,裁判所による不動産の競売とそれを利用する悪質業者という社会問題があり,この事件に関わりを持つ五つの家族の有り様が詳細に述べられる。しかも,これらの家族の一つは,特異な「家族」である。展開は,自然であり,徐々にこの事件の全体像が解きほぐされていく。読み進むほどに,よく考え抜かれた構成となっていること,一方では不動産競売という側面で現代の日本を描きつつ,もう一方では家族を正面から取り上げることで普遍性を持たせていることに気付かされる。『火車』に続く傑作であることは間違いない。『OUT』の邦子といい,この『理由』の小糸静子といい,女性作家は救いようのないまで身勝手な中年女を描くのが本当にうまい。また,宮部みゆきは,常に多感な少年に一貫して好意的である。

[索引]