ネビル・シュート『パイド・パイパー;自由への越境』
A−
Shute, nevil. Pide Piper. 池央耿訳,東京,東京創元社,2002. 355p.(創元推理文庫)

 ミステリーではなく一種の冒険小説である。書名からは内容はわからないし,かつて『さすらいの旅路』(角川文庫)として刊行された本が,なぜ今頃,出版社と書名を変えて出版されるのかはよくわからない。
 第二次大戦が始まった頃,いわゆる「ファニーウォー」と呼ばれ,英仏とドイツが宣戦布告したが戦争がはじまっていない時期に,息子の戦死の報を聞いた70歳の元弁護士のハワード老人はフランスのスイス近くの山地へ釣りに出かける。ドイツ軍がオランダとベルギーに攻め込み,イギリス軍のダンケルクからの撤退を知り,イギリスへ帰ろうとする。宿に泊まっている間に仲良くなった8歳と5歳の兄妹を一緒に連れ帰ってほしいと両親から頼まれる。子供連れでフランスを横断して大西洋岸に向かうが,その間にドイツ軍はパリをはじめフランスを占領していく。汽車,バス,自動車などを乗り継いでようやく海岸にたどり着いた時には,国籍の様々な6人の子を連れていた。
 静かな感動を呼ぶ名作である。主人公であり老人であるのでなかなか気付かないが,このハワードは実に立派な人物である。気の進まないまま子供達を連れていくことを引き受けるが,その責任感,戦火の中を進んでいく中で発揮される判断力と大人としての勇気が示される。それに途中から同道するニコルの語る「ジョンと私の出会いはこのために用意されていたんだと思います」というもう一つの物語がある。

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