ロバート・ゴダード『闇に浮かぶ絵』
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Goddard, Robert. Painting the darkness. 1989. 加地美知子訳. 文藝春秋, 1997. (文春文庫)上下

 100年前の英国で爵位を争う訴訟を軸とした話である。ダヴエノール准男爵家の爵位を継いだばかりのヒューゴー・ダヴエノールの前に,11年前に失踪し投身自殺したとされる兄ジェームズ・ダヴエノールと名乗る男ノートンが現れる。母のレディ・ダヴエノールはじめ一家は,それを認めないが,ノートンはジェームズ・ダヴエノールしかしらない事実を知っている。ジェームズは,当時コンズタンス・サムナーと婚約しており,結婚式の 1週間前に姿を消した。コンスタンスは,ウィリアム・トレンチャードと結婚し,子供が一人いる。まず,このコンスタンスと,ダヴエノール家に雇われていた80歳をこえる家政婦がノートンをジェームズと認める。そのため夫のトレンチャードは,この男の正体を調べ始める。一方,先代の准男爵の従兄弟でダヴエノール家の弁護士を務めるリチャード・ダヴエノールも疑いを抱いている。しかし,調べていっても迷路に突き当たる。まず,ジェームズがなぜ失踪したかであるが,それは本人にとって不名誉ではあるが,妥当な理由があったことが明かされる。予審そして裁判へと進む間に,過去,ダヴエノール家で起きたおぞましい事実が明らかにされていく。
 人間関係が複雑であるので,最初から集中して読まなければならない。しかし,1/4ほどまでは,たいした進展はない。ノートンが何者であるのかが焦点なのであるが,読者は翻弄され続け,最後まで物語の進展につきあわされることになる。緊密な構成,誠実な登場人物がいつも苦難に陥るという点はゴダードの他の作品と変わりない。

[索引]