荒山徹『魔岩伝説』
祥伝社,2002.426p

 伝奇小説の傑作である。時代は江戸時代の文化8年,舞台は,江戸から対馬,済州島から朝鮮本土にまでわたる。主人公は,東山景元19歳,父は幕府の要職に就いているが,ぶらぶらと暮らしている。小野派一刀流のの使い手である。さて,この年には,朝鮮からの第十二次の通信使を対馬に迎えることになっていた。その対馬藩の江戸屋敷に鈴木伝蔵と名乗る賊が押し入り,「ハクセキトウの方々はおられぬか」と呼び廻って消えた。鈴木伝蔵とは,50年前の前回の朝鮮通信使一行の一人を殺したという罪で処刑された人物である。「ハクセキトウ」とは白石党で,朝鮮通信使に疑問を持った新井白石に連なる人々である。景元はこの事件に巻き込まれ,調べていくうちに,将軍の代替わりの度に来日する朝鮮通信使の謎に行き着く。そして,その秘密を明らかにするために朝鮮から来た娘春香に案内されて対馬から朝鮮にわたる。  何よりも古代中国から朝鮮建国を経て,李氏朝鮮,徳川家までに介在するとんでもない代物を作りだし,史実の隙間にうまく組み入れるという骨格が素晴らしいし,若き景元と春香の北行と,その過程で何度も起きる絶体絶命の危機を毎回違う趣向で逃れるという物語としての興味も尽きない。春香は,朝鮮通信使の役目,徳川家の謎を知っているのであるが,景元と読者はなかなか教えてもらうことが出来ない。それも合理的に後に持っていくような工夫がなされている。日本の剣術,朝鮮忍法という道具立ても揃っている。敵役たちも憎々しくはなく,ユーモラスなところもある。事件の後日譚でも種明かしがある。該博な歴史の知識,人物造形やストーリーテリングの巧みさとどの点でも高い水準にある。

[索引]