福井晴敏『終戦のローレライ』
講談社,2002.上下

 時代は,第二次大戦の終わり1945年7月から8月15日まで,潜水艦「伊507」とその乗組員の17歳の工作兵折笠征人が主人公である。この潜水艦は,元はフランス製で,ドイツが接収し,ドイツ降伏後,秘密兵器ローレライを搭載して,日本まで回航されてきた。このローレライは,上巻の最後で全貌が明らかにされるが,当時のレーダーの性能をはるかに超える「装置」である。日本に到着する寸前,アメリカの潜水艦の攻撃を受け,ローレライは五島列島近くで海中に遺棄される。軍令部の浅倉大佐は,呉軍港に到着した潜水艦の新しい乗組員を選び,ローレライの回収を命じる。艦長となったのは,呉の潜水艦学校の教官だった絹見少佐で,潜水の得意な折笠は,友人の清水とともに選抜されて乗り組みを命じられる。浅倉大佐には,ローレライを使い,日米戦争をあるべき形で終わらせようとしていた。
 高村薫『レディ・ジョーカー』,福井晴敏の前作『亡国のイージス』と同じく,重厚に時代を描いた二段組で1000ページを超える大作である。第二次大戦中のナチの生命の泉計画からアメリカの日系人排斥まで,また,国家や日本人とは何かを繰り返して語りながら,潜水艦の絶望的な旅が続く。下巻の中程で,極限状態で議論があり,その後,敵味方がはっきりし,目的を持った潜水艦は「確定した歴史に抗う愚挙にもなにがしかの意味はあるはずだった」という一点に絞られた行動に移っていく。ローレライのアイデア,周到に考えられた先の見えない構成,終戦時の日本や潜水艦について,また,辛い過去を背負った登場人物とその心のの細密な描写,たびたび襲う絶体絶命の危機,とやや重苦しいものの優れた小説の要件を全て満たしている。とりわけ,ローレライは独創的であり,いかにもSSが考え出しそうな悪魔的なシステムであり,その制約の克服,結末での使われ方など,感心するしかない。

[索引]