高村薫『李歐』
A−
講談社,1999. 521p.(講談社文庫)

 『わが手に拳銃を』を「下書きにあらたに書き直した」ものという。1960年に主人公吉田一彰は6歳で,大蔵省勤めの父のもとを出て母とともに大阪の十三に住む。近くの守山工場で毎日遊んでいるうちに,母は工場の中国人とともに出奔。東京の祖父母に引き取られた後,大阪大学に進学。1976年にある事件に遭遇して,再び守山工場と関わりを持つことになる。どこにいても場違いという意識にとらわれ,まわりに無関心な一彰は無気味な男であり,やくざや公安につきまとわれる。しかし,わずかな間だけ一緒だった中国人の若い殺し屋である李歐のことが忘れられない。李歐も一彰を呼んでいる。1970年代から80年代の中国や東南アジアの動静や拳銃と桜への偏愛などをおりまぜつつ,話は意外な方向に進んでいく。重苦しい文体は相変わらずであるが,ともかく読み出したらとまらない。珍しくも明るい終わり方である

[索引]