マレー・スミス『もう一人の相続人』
Smith, Murry. Legacy. 広瀬順弘訳.東京,文藝春秋.2001.682p.(文春文庫)

 アイルランドの貴族出身で世界有数のマイクロチップメーカーであるゼラルダ社を一代で築き上げたジャック・フィッツアーロン60歳が亡くなり,32歳の長女ダーシー,29歳の次女グレース,それに24歳のポールが遺産を相続した。しかし,遺言状では,ジャックが19歳の時に生まれた庶子オリヴァーに2億ドルも与えられることになっていた。オリヴァーが死んでいればこれは三人のものになる。そこでオリヴァー探しがはじまる。主な舞台はゼラルダ社のあるボストンで,次女の夫は市警殺人課に勤めている。ここでは,最近,マフィアの内部抗争が起こっている。設定からみれば,姉弟がいがみあう緊迫した展開が予想されるが,そうはならない。姉弟はいたって仲が良い。誰が主役ということもなく,憎まれ役は一人だけで,知性も財産も能力も十分でモラルはなく,一筋縄ではいかない登場人物たちが,虚々実々の駆け引きを繰り広げる。アイルランド人とマフィア,それに日本人富豪についてもステロタイプな見方に陥ることはなく,情報量も豊富である。何よりも皮肉でユーモアのある細部の描写が全体を支えている。久しぶりに,読み終わるのが惜しいミステリに出会った。

[索引]