ブリジット・オベール『鉄の薔薇』
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Aubert, Brigitte. La rose de fer. 1993. 堀茂樹訳. 早川書房,1997. 373p. ハヤカワ・ミステリ文庫<

 ジュネーブに住む42歳の主人公ジョルジュ・リヨンの1990年3月8日から3月24日までの17日間を描いた,ベルギー,ドイツの各地をめまぐるしく展開していくアクション・ミステリの衣をかぶっている。ジョルジュは,経営コンサルタントと妻には言っているが,実は銀行強盗で,毎朝,飛行機でブラッセルまで通って,銀行を偵察している。ところが,ブラッセルのグランプラスで,スイスの自宅にいるはずの妻を目撃してしまう。銀行強盗は成功するが,何かおかしい。この謎を解明し始めるが,よくわからない。そして,銀行強盗のほうも仲間割れがおこり,あちこちから付け狙われるようになっていく。したたかでタフなジョルジュは,幾たびもの危機を乗り越えて,謎に迫っていく。定石通り,第二次大戦のナチの陰謀が暴かれる。しかし,饒舌な「解説」にもあるように,謎は外部にあるのではなく,ジョルジュの内部にあった。真相は,途中から予想できることではあるが,最後であっさりと明かされる。末尾の1行にあるように,これは,アイデンティティの揺れとそれを受け入れるしかない現代人を描いた小説でもあるが,ともかくストーリーの展開を追うだけでも十分愉しめる。

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