北森鴻『狐罠』
B−
講談社,1997. 402p.

 美術品ミステリというか工芸品ミステリである。主人公で探偵役をつとめる宇佐見陶子は,三十過ぎのバツイチで,「旗師」と呼ばれる店を持たない古美術商である。やり手の橘薫堂主人から,ガラス器の贋作をつかまされ,贋作でやり返すというのが,大きな筋立てである。そこに2件の殺人事件がおき,これを捜査する二人の刑事をはじめ,贋作師,保険屋,国博研究員,国会議員,かつての夫である大学教授が絡まりあい,さらには,30年目の贋作事件もかかわってくる。当然,最も興味深いのは,骨董品業界がどうなっているのかと,贋作の製造過程である。前者については,世田谷で開かれる骨董市で,様々な駆け引きのテクニックが示される。後者は,千年近い昔の工芸品の贋作をどう作るのかが詳しく紹介される。小説としては,殺人事件の部分が完全に浮いている。登場人物が多すぎる。それに主人公は,日本のミステリらしくハードボイルドの主人公のように行動したがり,そのために,無用な暴力行為が混入している。それに,この業界は,「目利き」であるというプライドで動いているモラルのない世界であるとしているのであるから,橘薫堂主人をもう少し不気味な人物にして,「目利き」対「目利き」の対決にするほうがよかったのではないか。

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