真保裕一『奇跡の人』
B−
角川書店,1997. 403p.

 宮崎近郊の病院で8年間の治療とリハビリテーションを経て,母親の献身的な看護の後,植物人間から快復し,社会復帰した31歳の男が主人公である。退院の前に母親は癌で亡くなった。交通事故で脳挫傷を負ったと教えられているが,22歳から前の記憶は全くない。母親が,字を教え,社会の仕組みを教え,ようやく中学2年生程度の学力と最小限の生活の知識を持つに至った。病院では「奇跡の人」と呼ばれ,入院患者の希望の星となっている。印刷会社に就職し,一所懸命に社会生活に慣れようとする。しかしながら,過去の自分について知りたいという欲求を抑えきれない。母親が遺してくれたものの中には,自分の過去を示すものは一つもない,そこで,自分の過去を探し始める。こうした前半までの主人公は,いかにも前向きで誠実な好感の持てる人物である。ところが,後半になると,性格が変わったような不愉快な人間になる,これも「意外」な結末に至る伏線ではあるのだが,この部分で,すっかり主人公への感情移入が途切れてしまうので,「エピローグ」を読んでも,帯にあるような「圧倒的な人間愛にあふれた生命の鼓動」などを感じないのがこの作品の難であり,また致命傷である。

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