】飯島和一『神無き月十番目の夜』
河出書房新社,1997. 339p.

 これはミステリではなく歴史小説である。一体,何が起きたのかわからない序章からはじまり,順を追ってその謎ときがなされる展開はミステリ仕立てでもある。関ヶ原の戦いの後,家康は関東の支配を強め,上杉,三成側についた佐竹義宣は,常陸を追われ秋田に移封される。その佐竹領であった袋田の近くの人口500人ほどの山里である小生瀬がこの物語の舞台である。この一帯の依保内と呼ばれる地域は,陸奥からの侵入に備えるために,半農半士の土豪を中心とした集団が居住し,年貢は低く抑えられていた。その結果,近郷の人々よりも生活は豊かで,またプライドも高かった。佐竹氏が去り,もはや戦闘集団の維持が不要となり,依保内は徳川家の支配を受け,情容赦ない検地がなされ,普通の村となることを強いられる。騎馬武者として手柄をあげ,村民から尊敬を集める石橋藤九郎は,この地に残ることとし,村の肝煎を勤め,転換期を乗り切ろうとするが,一度,自由と自治を味わった村民の中の若者層の自由への希求と強圧的な徳川家吏僚との狭間に立つことを強いられる。小さな行き違いが積み重なり,やがて村には大きな悲劇が訪れることになる。ほとんどはフィクションであろうが,この山里を成り立たせている制度や風習や戦闘シーンの描写は微細にわたる。そして極力,心理描写を避けた物語の記述は厳かであり,最後まで緊張感が失われない。構想力といい筆力といい本当に実力のある作家である。

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