乾くるみ『イニシエーション・ラブ』
B+
文藝春秋,2004,263p.

 静岡の大学の数学科4年の鈴木夕樹は,あまり人付き合いが得意ではない。夏に友達から合コンに誘われる。急に用事の出来た男の代わりである。男女4人ずつで居酒屋で飲んだが,歯科技工士をしているという2歳下の成岡繭子に惹かれる。その後,同じメンバーで海水浴に行った時に,繭子から電話番号を教えられる。電話をかけて,デートし,付き合いはじめる。繭子の勧めで,眼鏡をコンタクトレンズに替え,身なりもよくなり,車の免許もとる。そして,クリスマスイブを迎える。
 大きくA面とB面に分かれている。「ぜひ,2度読まれることをお勧めします(編集部)」と帯に書かれているので,丁寧に読んでいったが,途中ではほとんどひっかかるところはなかった。しかし,最後から2行目で何が起きたかがわからず,やがて,この平凡としかいいようのない若者の恋愛小説に仕組まれたトリックとその鮮やかな騙しっぷりに驚いた。そして,もう一度最初から別の物語として読み直さざるを得なかった。読者に一つの小説を2度読ませるのは難しい技である。もちろん,わずかではあるが手がかりはある。けれど,普通は気付かないだろう。歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』には強引なところがあるが,こちらは自然である。

[索引]