東野圭吾『秘密』
B+
文藝春秋,1998. 415p.

 杉田平介は,自動車部品メーカーの工場で働く40歳,妻直子は36歳,娘の藻奈美は小学校6年生である。1985年の冬,妻と娘の乗っていたスキーバスが雪道で転落事故を起こし,妻は死んでしまう。ところが生き残った娘の意識は妻だった。つまり,36歳の女が12歳の娘の身体を持つことになってしまい,主人公はその秘密を誰にも明かさず,共に生きていく。事故の原因を探ったり,補償金の交渉があったりするが,そう事件が起こるわけではない。こうしたシチュエーションであるから,日常を綴っていくだけでよい。行為の一つ一つが,常に二重の意味を持つことになる。人生をやり直すことになった直子は,もっと勉強がしたいと言い出す。まず,私立中学を受験し,次いで高校も受験する。そして,中学生や高校生としての生活を送るのであるが,穏当でバランスのとれた男である平介も,次第に心穏やかではなくなってくる。そして,破綻が訪れる。そこでまた,新しい展開がおき,意外な結末がある。36歳の主婦がもう一度人生をやり直すことになったら,どうするかというのがテーマであるが,それを間接的に描いている。これはよい。ただ,与えられた不条理な運命の中での強い意志が感動を呼ぶはずなのであるが,伏線となる部分が弱いので,納得しかねるうちに終わってしまう。身体に心は支配されていく。でも青春をもう一度やり直すことができるなら,一度目の「失敗」を生かし,二度目はもっとうまくおくることができる,ということらしい。

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