トマス・ハリス『ハンニバル』
Harris, Thomas. Hannibal. 高見浩訳. 新潮社,2000. (新潮文庫) 上下

 主人公はどうみてもクラリス・スターリング32歳ではなく,ハンニバル・レスター博士である。ハリスの文体は,翻訳を通しても一行一行が力強く,皮肉っぽいが,超人・怪物であるレクター博士もまた強く,皮肉な言動に満ちている。レクター博士は「頭蓋骨に穴をあけるときのように慎重に」ワインの「栓を抜く」し,「猥褻で俗悪なものに絶えずさらされた結果,大方の人間の神経が麻痺してしまった現在,われわれの目に今なお邪悪に写るものを確認しておくのは,無益なことではない。われわれの柔弱な意識のじめついた贅肉を激しく打って,いまも強い関心をかきたてるものは何か」の解答は「残忍な拷問用具」展であり,その観客をみるために博士は姿を表わす。博士の趣味の良さや細々とした日常生活も語られる。ダンテや記憶術といった味付けもある。レクター博士に比べればスケールは小さいが様々な悪党が登場し,生き残るのはわずかである。ただ,クライマックスよりもフィレンツェのエピソードのほうが強く印象に残るのが残念な点である。

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