奥泉光『グランド・ミステリー』
角川書店,1998. 585p.

 書名に「ミステリー」とついている普通の小説である。昭和9年に佐世保湾内で水雷艇「夕鶴」が爆発事故を起こし,調査がなされたが原因不明で終わった。この事件の真相がミステリーなのだろう。そして真珠湾を攻撃する連合艦隊の空母と特殊潜航艇の母艦である潜水艦内の話から始まる。このあたりは完全に戦記である。主人公は潜水艦に乗り込んでいる士官であるが,この戦争には何か大きな陰謀があるらしいことに気付いて探っていく。やがて,「夕鶴」の爆発事故に起因する出来事を徐々に知るようになるのであるが,調べる前から既に知ってもいるらしいというように,入り乱れた未来と過去が描かれ,既知感などをもとに二つの現実が語られるなど普通の小説らしくなる。特徴のある長い文体で,真珠湾,ミッドウェーなどの会戦と戦時下の日本が記述される。しかしながら,一気に昂揚し,はしゃぎまわる一方,過度に緊張した戦時下の日本人のインテリジェンスに欠ける言動を描くのはよいとしても,そこには,あたかも現代人のように考える主人公やその周囲の人々の冷笑的な視線が強く意識され,これはこの小説の円環的構造を表わしているのかもしれないが,結局は過去を現代の尺度で断罪していることにほかならず,解決がないのはミステリではないのだから仕方ないとはいうものの,読み手をはぐらかして終わってしまう。

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