斎藤純『銀輪の覇者』
B+
早川書房,2004.435p.

 戦争に向かう1934(昭和9)年を時代背景とし,下関から青森まで本州を縦断するサイクルレースを描く,自転車レース小説である。主人公は,フランスでチェロの修行をしていたが,その後,自転車レースに出ていた過去を持つ響木である。個人参加だったが,一日目が過ぎた後,見込んだ男達とチームを作り,チーム参加となる。当時,自転車は,オリンピック出場をにらみ,ママチュア化の方向にあり,主催者山川がレースを開催までに紆余曲折があった。さらに,自転車を戦争で使おうとする軍の思惑もある。響木は出自を隠しているが,他の3人もそれぞれ何やら事情がありそうである。しかし,響木は,自転車レースの走り方をチームの仲間に教え,先頭集団について行く。
この時代設定で自転車レースを持ってくるという点は大いに買うことができる。レースの成り行きと個性的な選手たちがいればそれだけで面白くなるはずなのであるが,レースの終わり方が曖昧になり,また選手たちの造形が今ひとつであり,さらに軍部や,警察,やくざや企業,宗教団体,それに新聞とあまりに多くのものを絡ませてしまい収拾がつかなくなってしまったのは残念である。

[索引]