宮部みゆき『蒲生邸事件』
新潮社,1966. 450p.

 宮部みゆきの『火車』以来の久々の長編小説である。主人公は,これから予備校生活を始めようとする18歳,時は平成6年2月である。泊まっている平河町あたりのホテルが火事になり,居合わせた時間旅行の能力を持つ男に,昭和11年に連れていかれる。ちょうど,二・二六事件が始まった時である。大雪の中,退役した蒲生大将の邸宅で事件が終わるまで過ごし,事件を間近で体験する。蒲生邸でもドラマがある。
 この作品は凡作であるというしかない。第一に,さしたる謎があるわけではない。第二に,魅力的な人物が出てこない。第三に,テンポがのろい。第四に二・二六事件を描こうとしながらも間接的に扱われるに過ぎない。そして,何よりも問題であるのは,もっぱら「タイムトラベラーの悲哀」という全く架空であって,誰にも感情移入ができないことを一所懸命に訴えようとしていることである。時間旅行者にも悩みはあるだろうが,それはテーマにはなりえないだろう。さらに,結末でも肩すかしをくらうことになる。『トムは真夜中の庭で』の感動には遠く及ばない。

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