マット・ボーモント『e.』
A−
Beaumont, Matt. e. 部谷真奈美訳.東京,小学館,2002.428p.

 展開はミステリと言えなくもない。「e.」とは電子メールのことであり,これは,電子メールのやりとりだけで構成された小説である。書簡だけからなる小説のように電子メールからなる小説というアイデアはそう新しくもない。しかし,普通はそのアイデアを使った短編にしかならないが,これは読みだしたら止まらない長篇小説である。
 時は,2000年になったばかり,舞台はアメリカの大広告代理店のロンドン支社である。1月17日に「コーク」社のコンペがあり,その出品作の準備を中心したこの会社の毎日の動きが電子メールによって記録されていく。電子メールの使い方に問題のある支社長,保身だけで傲慢なナンバー2,アイデアが枯渇してしまったがそれを隠すのに必死な制作部門ヘッド,少しも働かないがゴシップには強い秘書たち,政治的,宗教的主張をするものからモラルの全くない若者までいるクリエーターたち,その中で,縁の下の力持ちのように働く女性中間管理者たちが2週間の間に引き起こされ,また出会う様々な事件がある。
 横書きであり,さらに群像劇であって人名を憶えるのが大変であり,最初は難儀するし,登場人物が類型的と言えなくもない。しかし,綿密に構成されていて,現代,会社,特に広告会社の内幕がよくわかる仕組みになっており才気が感じられる。翻訳も丁寧でよくできている。 

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