ダン・シモンズ『諜報指揮官ヘミングウェイ』
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The Crook Factory.Simmons, Dan.小林広明訳.扶桑社.2002.(扶桑社ミステリー)上下

 1961年のヘミングウェイの自殺の情景から始まり,この話の舞台である第二次大戦に米国が参戦した直後の1942年のキューバに移る。優秀なFBIの捜査官ジョゼフ・ルーカス約30歳は,フーヴァー長官に呼ばれ,ヘミングウェイがキューバで対諜報活動組織を作ろうとしているので,これに協力し報告を行うよう命令を受ける。民間人の素人の活動がなぜ重要なのかわからないし,へミングウェイという人物にも好感が持てないまま,クルック・ファクトリーと称する組織で働き始める。ここまででは,どのような話なのか見当がつかない。へミングウェイの家にイングリッド・バーグマンやゲーリー・クーパー,マレーネ・ディートリッヒ,イアン・フレミングなどがあらわれ,『誰がために鐘がなる』や『カサブランカ』の映画化が出てくれば,山田風太郎の作品のような有名人を取り込んだ奇想天外小説かと思う。序盤の展開は長く退屈で,200ページほどでやめる読者は多いに違いない。しかし,殺人事件が起きると一気にこれがアメリカとドイツの複雑な裏切りを含んだ諜報合戦を背景とした海洋活劇であることがわかってくる。ヘミングウェイは夢想狂ではなく,判断力も腕力も茶目っ気もある信頼できる大きな人物そして天才作家として描かれ,ルーカスは心服し,共に数々の危険な場面を乗り切っていく。

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