ディヴィッド・リス『紙の迷宮』
A−
Liss, David. A conspiracy of paper. 松下祥子訳.東京,早川書房,2001.上下.(ハヤカワ文庫)

 1719年のロンドンが舞台である。この時代の金融を研究する大学院生が得た知識をつぎ込んで書いたミステリである。「紙」とは株券や銀行券のことである。主人公はベンジャミン・ウィーヴァーは,ユダヤ教徒であるが,家出してボクサーをはじめ様々な危ない仕事をしてきて,今は一種の盗品回収を中心とした探偵をしている。ところが最近事故で死んだ父親は,殺されたのだという。そこで真相を探っていくが,ここに,当時,盛んになりはじめた株取引がからんでくる。イングランド銀行と南海会社の競合があり,偽債券があり,裏世界のボスがいる。父親は,鰍フ仲買人として有名な存在だったが,どうやら陰謀の犠牲になったらしい。精力的に金融界の大物と接触して,調査を進めていく。多少,読みにくいが,これは,できるだけこの時代を生きる人々の考え方に合わせようとしているためである。ドブ川に近いテームズ川からの臭気,ゴミや糞でまみれた街路の描写からあからさまなユダヤ人差別,仮装舞踏会まで,ディテールが書き込まれていて興味深い。また,最後まで謎は残り,ミステリとしてもしっかりしている。

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