梓澤要『遊部』
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 信長の末期から秀吉にいたる時代を舞台にした伝奇小説である。「遊部」は,東大寺の正倉院を守る部族であるが,千年前には,特殊な役割を果たす呪術集団だった。松永・三好の抗争の中で東大寺大仏が焼き討ちされ,その後信長が,正倉院を開けさせ蘭奢待を切り取る。東大寺薬師院の院主実祐はこれに怒り,遊部を用いて奪い返そうとする。登場人物は,前関白の行空,堺の津田宗及,織田信忠,明智光秀,村井貞勝などどちらと言えば二番目の人物達で,本来はこれだけで面白くなるはずである。さらには,主役のはずの遊部の若い男たち,出雲の阿国,遊部を密かに守る若い娘,宗及の妾,昔ならニヒルといわれただろう切れた浪人などもいる。ところが,全てが消化不良のまま,時間だけが流れていく。そして,本当は感動的であったはずの千年の出会いで終わる。蘭奢待を取り返すという中心部分がさほど魅力的ではなかったということだろう。

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