8.主要語彙


神房
(VTR)
済州島の巫覡。玄容駿氏は神の刑房 といういいかたがあり,ここからからきたことばであろうかという。
長竿
済州島では通例,五日以上の規模でおこなうクッを大クッというが,そのときに庭に長竿を立てる。金允洙氏のイエの神クッでは,上部に椿の枝が等間隔に三つ付け,初公,二公,三公の三兄弟(巫祖神)を象った。そしてそのすぐ下に横に一メートルほどの棒を付け,これにも先端に椿の枝が付けてあった。こちらは肩を表すという。一般にはカミの依代とされるが,神クッにおけるこの長竿の意味は,何よりもまず巫祖神をよぶためのものと考えられる。
キメ告祀
キメはさまざまなかたちに紙を切ったもので,神クッのはじまる前日,これを室内につり下げる。
巫祖神
初公,二公,三公の三兄弟をいう。秋葉隆が1930年代に採録した初公本解では,山から下ってきた僧が父母のいないときに,あるむすめを訪ねたのちに,むすめがみごもり,この三兄弟を生んだ。そしてのち,この三人は人間世界の出世をあきらめて人間に寿福を与えるカミになったという。ところが,現今の済州島の初公本縁譚では,この三兄弟を明確に初公,二公,三公とはよんでいない。そして,この三人は母の死を弔うために神房(巫覡)になったという。秋葉本よりも発展したかたちとなっている。ところで,秋葉隆がすでに採録したように,済州島には二公本縁譚,三公本縁譚もある。ただ,初公本縁譚とは直接,かかわりがない。そこで,考えられることは,二公本縁譚と三公本縁譚ははじめの三兄弟の担った機能を説明するべく添加されたものではないかということである。玄容駿がこれを明確に述べているが納得がいく(『済州島巫俗の研究』1985年,154頁)。
首神房
神房たち全体のとりまとめ役。年長者を立てることが多い。金允洙氏の神クッでは66歳の秦夫玉氏が引き受けた。
本主
クッの依頼者。
チョガムジェ

(VTR1,VTR2)

済州島の一万八千のカミをよぶもので,すべての儀礼のはじめに欠かさずにやる。チョガムジェは漢字で初監祭と記されてきたが,これは当て字である。秦聖麒氏は招神祭だとする。いずれにしてもこれはカミを祭場に坐らせる前段階の,もっとも基本となる神話語りで,ひとまとまりの儀礼ごとにくり返してとなえられる。その構成は天地開闢,祭日・祭場語り,まつりの次第語り,占い,厄払い,神宮門開き,神意伝達,五里亭神請じ入れ(玄容駿『済州島巫俗の研究』1985年,274頁以下参照)。
厄払い
神宮門開きの前にやる。カミのくる道のあらゆる邪魔を除くという趣旨。セは邪の意味であるが,唱えごとでは鳥とされ,鳥を追う内容となっている。
神宮門開き
チョガムジェのなかでおこなわれる語りと踊り。神房は手に揺鈴とカムサンギ(笹)を携える。鈴で門を開け,カムサンギにカミを依りつかせる。カミの世界はこの世とは隔絶している。そこの門を開けてこそ祭場によぶことができるという観念が根柢にある。
五里亭神請じ入れ
ありとあらゆるカミに「いらしてください」とよびかけつつ,いよいよ祭場に迎え入れるという段。客人を迎えるように五里先に出て待つのだともいう。チョガムジェのなか,厄払いのあとでおこなう。
祖先本縁譚

(VTR,VTR,VTR,VTR)

カミを迎えたあと,ソクサッリムで祖先の神霊をもてなす。このときに唱えられるのが祖先本縁譚でイエごとに各種ある。金允洙氏のイエでは高典籍 ,李氏ハルマン,梁氏令嬢の三種類の本縁譚が唱えられる(資料参照)。
初神迎え
チョガムジェでよびもらしたカミがいないようにとつづけてカミをよび招く。
初サンゲ
チョシンマジのあとで,なおもカミをよぶ。こうして念入りなカミよばいをしたあと,色紙で作った五方旗を窓に貼ってカミが出ていかないようにする。
ポセカムサン
カミに布その他の贈り物を献上する。神房が本主に代わって,その罪を解くというかたちで演戯。
ソクサッリム

(VTR,VTR,VTR,VTR,VTR,VTR,VTR,VTR)

迎えクッの末尾にやるもので,イエの祖先の本縁譚を唱えてもてなす。このチョサンは血縁上のものもあるが,その前に「軍雄ポンパン」というものが唱えられるのは特徴的。軍雄は各イエのチョサンの代表のようなもの。帝釈の孫,三人兄弟の末っ子で宿運悪く僧の姿でクッをしてまわったという。この本縁譚が唱えられたあと,それぞれのイエに伝わる祖先本縁譚が独特の節回しで唱えられる。それは民俗世界の物語歌といった趣で観る者たちを引き込む。
初公本縁譚
巫祖神三兄弟の由来を説く本縁譚。来訪する僧の子として,九月,仏道の地で生まれた三人はそれぞれまた,ポンメンドゥ(揺鈴),シンメンドゥ(神刀),サラサルチュクサムメンドゥ(算盤)とも名付けられる。そしてそれぞれが神房のクッにおいて重要な巫具となる。この巫具はクッをするとき,各神の膳の前に別に恭神床を設けてその上に置かれる。
二公本縁譚
人間世界の生死の由来を花に託して説いた本縁譚。同年同日に生まれた男女が夫婦となり,西天花畑に花の監督官となるべく,でかけるが,夫人は身重の身で途中で歩けなくなり,さる長者のイエに身をあずける。夫はひとり西天花畑にいき,監督官となるが,妻は長者に苦しめられ息子を生んだあと,死んでしまう。しかし,その息子が逃げのびて父を訪ね,父から滅亡悪心の花を授かり,これを持っていって長者に復讐をする。これに基づき,二公迎えの儀がおこなわれる。
仏道迎え

(VTR List)

子供の生命を管掌する仏道婆さんの来臨を請い,子の生育を祈願する。済州島では現今もなおよくおこなわれる。このときハルマン本縁譚二公本縁譚とが唱えられ,後者の本縁譚に基づいて悪心花折りと花摘みが演じられる。
道ごしらえ
「〇〇迎え」とよばれるクッでは神霊を祭場に迎える前に障りの多い道を均すことがおこなわれる。十王迎えのばあいはさらに,霊を極楽へ送るのだが,この前提としても演じられる。道ごしらえは直接には,石や凸凹の多い道を均す仕種をすることで表現されるが,一方では,これを含む前後の,本縁譚語りなどの儀礼をも総称して「道ごしらえ」とよぶ。これは迎え儀礼の核心部分で,この直後にカミは祭場に来臨する。ジルチギともいう。
ハルマン本縁譚
仏道迎えのなかで唱えられる本縁譚。かつてこの世の人に生仏(新しき生命)を授ける者がなかったので,東海竜王のむすめがはじめその任を引き受けたが,初めの仕事で失敗する。人間に生命を与えるすべを知らず,妊娠した母子は死んでしまったのだ。そこで玉皇上帝は,明鎮国のむすめにその役をまかせる。このむすめが命じられるままに人間世界にいくと,東海竜王のむすめが生命を与え損ねて悲嘆にくれているのに出会う。そして東海竜王のむすめは明鎮国のむすめの仕事のことをきくと,怒りだす。玉皇上帝がこれを調停し,ふたりに西天西域国で花咲かせ競争をさせることにする。その結果,東海竜王のむすめの花はしぼむ花,明鎮国のむすめの花は四万五千六百種の繁盛の花となった。玉皇上帝の裁きがくだり,明鎮国のむすめが人間に生仏を与える仏道婆さんになり,東海竜王のむすめはあの世の婆さんになった。
悪心花折り

(VTR)

二公本縁譚に基づいておこなわれる儀礼。神房が悪心の花(茅の束)を手にして本主らに向かい,日常の事故など,悪しきことをいろいろいってそれを除去していく。これは仏道迎えと二公迎えのなかでみられる。
サマニ本縁譚
厄よけのときに唱えられる本縁譚。みなし子のサマニは乞食をして暮らしていたが,十五で結婚するもイエは貧しい。妻が髪を切り渡して,米を買うようにという。しかし,サマニはそれで銃を買い,山にいく。そのとき頭蓋骨をみつけ,これをまつるとかれらの運が開けて豊かになる。三十三のとき,頭蓋骨のおつげで,あの世の使者がくるから,もてなしの膳を調え,うつぶせにしていろという。これに従うとサマニの命は三千歳まで延ばされたという。
花摘み

(VTR)

二公本縁譚に基づいておこなわれる儀礼。神房が西天花畑の生命の花を取ってくるという設定で,容器に米を入れ椿を差したものをふたつ持って現れる。そして本主の前にいき,花占いをする。仏道迎えと二公迎えのなかでみられる。
初二公迎え
初公と二公を同時に迎えるといってこうよぶ。実際は初公迎え,二公迎えと順にやっている。初公迎えのときには,僧がアギシを訪れ喜捨を乞う演戯,また二公迎えのときには悪心花折りと花摘みがおこなわれる。
コンシップリ

(VTR,VTR,VTR)

神房が自身の生い立ちをものがたると同時に,人間世界ではじめて神房となった柳政丞のむすめ以下,故人となった先輩の神房たちをよび招き「焼酎を一杯おのみください」ともてなす。コンシップリをしたあと,祖先担い入れ,ソクサッリムにつづいていく。
贖い
神房が木綿を腕に巻き,本主の犯した罪の結果こうなったといって解き放つべく人情(カネ)を募る。
三公本縁譚
この本縁譚は,人間世界に生じる遠い眼目のない利己的な活動,言動は,しばしば反秩序,悪癖,悪行などを含み「失明」の状態に至るということ,それらはチョンサン(前生)によるものでいたしかたがないものだけれども,ただ,そのチョンサンは必ず開明の境地に至るということをものがたる。物語では,乞食夫婦に三人のむすめが生まれた。これがきっかけでかれらに福運が生じるが,ある日,父はむすめらに,だれのおかげで食べていけるのかと問う。姉たちは父母のおかげというが,末むすめだけが「わたしのへそ下の縦の線のおかげ」といったため,イエから追放される。ところが,こののち父母は運がなくなり,没落,加えて盲目となる。一方,末のむすめは芋掘り三兄弟の末っ子と結婚し,夫の掘り出すものが金銀であることをみいだす。そして長者となり,かれらは盲人のための宴を開く。そこへ目しいの乞食となった両親がきて,再会。むすめが酒をそそぐと父母の目は開いて,開明天地となった。なお,この本縁譚に基づいて前生あそびがおこなわれる。
世耕本縁譚
農耕を司る女神チャチョンビの由来を説く。チャチョンビは文道令を慕っていたが,文道令は天にのぼってしまう。文道令をおもってくらすとき,下男の鄭寿男が,これをみたといってチャチョンビを野に連れ出す。そしてチャチョンビにいいよるが,反対にチャチョンビに殺されてしまう。しかし,チャチョンビはこの下男殺しを咎められイエを出される。やがて天上にいき,文道令がそこで殺されているのを知り,これを蘇生させ地に降りてくる。さらに,以前に殺したはずの鄭寿男も蘇生させ,かれら三人は世耕神としてまつられる。セギョンは農神。またチャチョンビは鄭寿男をして物もらいをさせる。施しを断った農民には凶作を,施した者には豊作を与えるともいう。なお,世耕ノリという演戯があるが,この本縁譚とは直接のかかわりがない。
再 サンゲ
よび落としたかもしれない下位の神々をよぶ。このとき殺気の化身が現れ,もてなしを受ける。
十王迎え
現在でもよくおこなわれる祖霊迎えの儀礼。イエに病む者がいるとき,また死者をくようするときにやる。十王はあの世の管掌者。使者であるカンニム差使をしてこの世の者の命,その霊魂を管理する。この祭儀では,チョガムジェ,道ごしらえ ,差使本縁譚,厄よけ,ナッカドジョンチム,三千軍兵 ジルチム(雑鬼雑神迎え)などが含まれる。なお,十王迎えとはいうが,実際は差使が活躍し,十王そのものは祭場によばれない。
本郷堂
ムラの守護神を本郷神といい,このカミをまつったところが本郷堂である。本郷神としては,海の外からきていついたカミ,漢撃山からおりてきたカミ,済州島の地からわきおこったカミなどがあり,堂のかたちは自然石,樹木,洞窟などを中心としている。外からはいってきたカミには女神が多く,漢撃山に由来するカミは一般に男の狩猟神である。
兎山堂本郷本縁譚
済州島にはムラごとに本郷堂という神域が一つ以上ある。ここにまつるカミの来歴が本郷本縁譚である。兎山堂は南済州郡表善面 兎山里にある本郷堂。上堂(七日堂)と下堂(八日堂)にそれぞれ本縁譚がある。金允洙氏のイエの神クッでは八日堂のものが唱えられた。それによると,全羅道羅州郡錦城山の山神が玉石に化していた。それと知らぬ済州島人がソウルへの貢ぎ物献上の帰りにこれを持ち帰る。済州島に上陸はしたものの,この玉石をもてなす者がいない。兎山里に居着いたあと,次つぎと異変が起きる。これは玉石の祟りだった。ソウルから持ち帰った絹の包みを開けると,なかには蛇がいた。錦城山の山神は蛇となっていたのだ。こののち,この蛇神は八日堂のカミとして各地に広くまつられている。また,この本縁譚のあとで,蛇神を解放するとして結び目をつけた木綿の布を持って舞い,解きほぐすことをする。これは蛇神の祟りで死んだ者の救済にもなる。
差使本縁譚
カンニム(姜林)はもとこの世の役人であった。ときに,皇帝の三人の子が旅に出て,これがあるイエで殺される。そしてこの皇帝の子を殺したイエではやはり三人の息子がいて,科挙に合格する。しかし,皇帝の子の祟りであろう,三人の息子は戻ってきたとき,そろって死んでいた。嘆いた母親が息子たちの弔いを役人に訴える。そこでカンニムがあの世の閻魔大王を捕らえにいくことになった。かれは死を賭して,これをやってのける。そこで,カンニムは逆にその勇敢さを閻魔大王にほめられてあの世の使者となったという。
ナッカドジョンチム
甑餅を高く投げては受け止め,こうして十王に献上する。
チジャン本縁譚
薄幸な人生ののち鳥に化した女性チジャンをうたう。
差使霊迎え
十王迎えの道ごしらえで,差使は地獄の十二の門をみてまわり,道の障りを取り除き,霊魂をあの世に送る。この過程は神房ではなく差使の立場でおこなう。刀で草を薙ぎ,石を除き,鋤で根株を掘り起こし,ふたたび均し,掃き清め,水撒きし,乾かし,しなやかにし,橋をかけ…と次つぎに相応の所作をする。こののち家族らがあの世の門を取り除いていく。
プダシ
魂を入れ,身にとりついた雑鬼雑神を神刀で追い払う。病気治しの一種。カミが罰をくだしたので病んでいるという発想から,カミに祈願し,次いで雑鬼がとりついているのでこれを払う。このとき魂入れもする。魂は脳天から注入する。病は雑鬼雑神が憑いたとき,魂が抜け出たときに起こると考えている。
厄よけ
サマニ本縁譚を唱えて本主らの厄をふせぐ。このとき雄の鶏が用いられるが,それはあの世の使者に対して,人の代わりに鶏を持っていくようにとの意味からである。
堂主迎え

(VTR List)

神クッの核心儀礼のひとつ。巫祖神を堂主(祭壇)まで迎える。その内容は十王迎えと同じで,やはり庭に竹を割ったもので十王門を作り,ここを通過させる。これは三十王霊迎えともいう。金允洙氏の神クッではまず,本主にとっての巫祖霊高氏お母さんを迎える。チョガムジェがあり,初公本縁譚が唱えられ,高氏おかあさんの神意伝達がある。そののち本主が巫となる薬飯薬酒(VTR1,VTR2,VTR3,VTR4),御印打印(VTR1,VTR2,VTR3)の儀礼。さらに模擬的なクッをしにでかける。
成造寿詞
イエの新築,改築があるとおこなう。成造はイエの守護神。このとき姜太公首木手あそびがおこなわれる。
姜太公首木手あそび
大工のカミ姜太公首木手がよばれ,イエ褒めをし,さらに木材をたたえる。
門前本縁譚
門神,柱神,竃神,便所のカミなどの由来を説く。
七星本縁譚
富貴をもたらす蛇神の由来を説く。
コブンメンドゥ

(VTR List)

十王コブンヨンジルともいう。歪められた霊の道を取り戻すために,原初の本縁譚語りをしつつメンドゥ(巫具)の生まれた過程を俗語と身体演戯を用いて確認する儀礼。
セノリムクッ
コブンメンドゥをへて回復された神房たちの巫具をいっしょにして背負いはげしく踊るクッ。
世耕ノリ
粟作りの名人瓶ドリの由来。
本郷タリ
済州島全体の本郷神を迎え,送る。
前生 あそび
盲人が来訪して,主人側に対し,悪しきこと一切の原因,前生を指摘しつつ棒でたたき落とすあそび。三公迎えともいう。
各所祈念
神房が手分けして車庫,台所,門前で祈念する。
令監本縁譚
雑鬼雑神を代表する令監神の由来を説く。模造の船に供物を載せ,これを持って浜辺にいき流す。雑鬼雑神送は海を越えてきたので,もとのところに戻すのである。こののち,神房らは本主にあいさつなどはせずにそそくさと帰っていく。
本縁譚(ポンプリ)
カミの来歴を説くもの。済州島では天地開闢を説く天地王ポンプリ,巫祖神の来歴を説く初校公ポンプリ,ムラのカミである本郷神のポンプリ,またイエの祖先神の来歴をかたる祖先ポンプリなど,各種のポンプリがある。そしてこれらは巫俗の祭儀のときに独特の韻律を伴ってかたられる。ポンは本源,プリは解くことなので,「本解」と表記することもある。巫祖神の項参照。

神クッ−カミと人のドラマ