慶應義塾大学アジア基層文化研究会台湾法師の儀礼とシャーマニズム

3.若干の考察


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前節において「打城」法事の概要を紹介した。「打城」法事は「亡魂の地獄からの救出と超度」という一つの筋をもったパフォーマティヴな宗教的ドラマである。具象性に富んだ多くのシンボルを巧みに操作することによって、きわめてビジュアルかつ明快に儀礼が進行していく。  最後に、『法事とシャーマニズム』という観点から「打城」法事の内容を振り返り、同法事におけるシャーマンの存在意義、および同法事を通して見ることのできる、近年における台湾シャーマニズムの変容の特徴について、若干のコメントを加えておきたい。

(1)「打城」法事におけるシャーマンの存在意義

  最初に、「打城」法事にシャーマン(タンキー・アンイイ)が加わる理由・意義について考えてみたい。

  まず第一に商売(ビジネス)上の理由が挙げられる。法師とタンキー・アンイイは「打城」法事において商売上の共同戦線を張っている。タンキー(アンイイ)は「問神」を通じて依頼者に「打城」法事を実施するべき旨を伝える。タンキー(アンイイ)は知り合いの法師に依頼者を紹介し、さらにその依頼者を連れて法師の法事に参加する。依頼者は報酬を法師・タンキー(アンイイ)の双方に支払う(注20)。法師にとってみれば、タンキー(アンイイ)は依頼者の斡旋役であり、タンキーにとってみれば、法師はその見返りとして仕事の場(法事)を提供してくれる雇用主のようなものである。このように、商売上、法師とタンキー・アンイイは互いに持ちつ持たれつの関係にあるのであって、「打城」法事に彼らがセットとして参加していることは自然なことといえよう。

  第二に、法事の効力を増大させるために、タンキーの(神としての)法力が期待されているということがある。「打城」法事において、タンキーはトランス状態に入って法師とともに地獄に落ち(「行路」)、法師との協力の下、枉死城を破り亡魂を救出し(「開城」)、法師とともに亡魂を護送して、無事に奈何橋を渡らせる(「過橋」)。これらの儀礼はタンキーが単独でなし得るものではなく、あくまでも法師の補助としてなされるものである。しかしながら、タンキーは、その神としての強力な法力を持って、法師の行う法術の効果を一層拡大させることができると考えられている。これが「打城」を初めとするいくつかの法事にタンキーが頻繁に登場してくる理由の一つであると思われる。例えば「解運」や「開光点眼」法事では、必ずといっていいほどタンキー(そのうち九割以上が女性)と法師がコンビを組んでおり、タンキーは法事のポイントとなる場面(「解運」では消災解厄の機能を持つ「七星橋」を渡り終えた依頼者を法師とともに祓う場面、「開光点眼」では神像に「霊」を入れる場面)でトランスに入って「神」となり、その法力をもって法師による儀礼の効力を増大させる機能を果たすのである。

  第三に、これは一般的に言えることだが、民衆は、法事の本来の目的の達成とともに、タンキーの「問神」・アンイイの「牽亡」(すなわちカミ・ホトケの声を聞くこと)に強い関心を持っているということがある。民衆にとって、タンキー(神)・アンイイ(鬼)の声は、何よりも説得力があり、信憑性を持っている。

  確かに「打城」法事は、プリーストたる法師一人で進行することが可能であり、タンキーやアンイイが加わらなくても儀礼の目的は一応達せられると考えられている。しかし実際には、それだけでは依頼者の欲求を十分に満たすことはできない。アンイイの口を通じて地獄の枉死城に閉じ込められていた亡魂から、その置かれていた悲痛な状況や現在望んでいること、考えていることなどを聞き、タンキーを通じて神の託宣(今後の行動の指針など)を得ることによって、ようやく依頼者は安心し、納得する。依頼者は、「打城」法事全体の筋書とは別に、タンキー・アンイイを通して「鬼神の声を聞く」ことによって、はじめて儀礼が完結したと実感するのである。

  「打城」法事においてタンキー・アンイイといったシャーマンは、「鬼神との直接的コミュニケーション」というプリーストにはなしえない、しかし民衆が切に求めている機能を果たすことによって、「打城」法事をより厚みのある一つの全体として補完する働きをしているといえるのである。

 

(2) 「打城」法事に見る台湾シャーマニズムの変容

「男性アンイによる牽亡」

「男性アンイイによる牽亡」

  まず第一に、かつては明確であった「タンキー(神媒、カミオロシ)男性/アンイイ(鬼媒、ホトケオロシ)=女性」という男女シャーマンの役割分担が次第に崩れつつある。現在でもこの原則は大枠で保たれてはいるものの、「女性タンキー」が明らかに急増している。特に法師とコンビを組んで「打城」「解運」などの法事を行うタンキーは、筆者の観察によれば九割方女性である。近年まで、女性は血のケガレがあるという理由で、神事には携わることができなかったことを考えると、これは著しいケガレ観の変化といえよう。「女性タンキー」増加の動きに対抗するかのように最近では「男性アンイイ」も見られるようになってきた(photo24)が、こちらは女性タンキーに比べればまだずっと数も少ない。

  第二に、一人の人間(男女を間わない)によるタンキーとアンイイの「兼業化」が進行している。すなわち一人のシャーマンが、ある時はタンキーとしてカミオロシをし、ある時はアンイイとしてホトケオロシをするというように(それが一つの法事の中であっても構わない)、白由白在に二つの顔を使い分けるようになってきているのである。このような状況下においては、「タンキー」「アンイイ」をそれぞれ実体的な存在と考えるよりも、一人のシャーマンが持つ二つの「機能」として考えた方がわかりやすい。「タンキー兼アンイイ」は、特に女性に多く見られる。「打城」法事においても、法師と女性シャーマン(=タンキー兼アンイイ)という配合が最も多く見られるようになっている。

  以上のようなシャーマンの役割の変化(混乱)は、シャーマンの職業化、法師による法事の簡便化・合理化(注21)などの現象を含めて近年における台湾社会の急速な近代化・都市化と密接な関連があるものと思われる。今後は法事の依頼者に関する調査を含めて、現代台湾社会におけるシャーマニズムの変化の問題をより総合的な角度から促えていきたいと考えている。

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注釈

注20) 一回の法事を執り行うのにかかる費用は必ずしも一定していない(明確な算定基準がないため)が、「打城」法事の場合、法師に支払われる謝礼は平均して三千元―五千元(日本円にして約一万二千円―二万円)程度のようである。依頼者は法師への謝礼の他に、タンキー・アンイイへの謝礼、祭場を提供した廟に差し出す油香銭(賽銭)−なかには場所代として、法事一回当たり三百元の定額使用料を取る廟(西港慶安宮)もある−、法事に用いられる様々な道具(紙銭、魂身・枉死城・ツォアツウといった紙製品など)や供物にかかる費用なども負担しなければならず、一回の法事で支払うお金の総額が数万元にのぼることも少なくない。 なお、本来、タンキーはその職務を無償でなすものであったが、最近では都市部 を中心にシャーマンのプロ化が進み、「問神」「牽亡」の見返りとしてお金を取る者も増えてきている。

注21)筆者が西港慶安宮で観察した事例の中に、ある法師(台南県新市郷に住む二人の兄弟法師)と個人的に関係のある四人のタンキー(兼アンイイ)−それぞれ台北、板橋、台中、嘉義に「壇」を構えており、うち一人は男性−が、それぞれの依頼者とその家族をマイクロバスに乗せて連れてきて、同じ日・同じ時間に四家族合同で「打城」法事を行うというものがあった(1992年9月25日)。法師も忙しいので、一度に四件分を済ませてしまおうということなのであろう。もちろん法事に集まった四家族の間にはまったく面識はない。


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