ll．台湾小琉球の王爺のまつり

II．台湾小琉球の王爺のまつり

1.台湾小琉球の王爺のまつり
1.１小琉球というところ　
1.２台湾の王爺
1.３1934年の王爺
1.４今日の王爺
1.５生きている王爺のまつり
1.６船送りの淵源
1.6.1朝鮮の船の来往
1.6.2日本の船の来往
1.6.3船と霊

1. 台湾小琉球の王爺のまつり

中国の南部沿岸地方では、瘟神、疫神など悪しきモノを船に載せて送る習わしが古来知られている。これは本物の船を流すこともあるし、また模造の船を流すこともある。これについては劉枝萬がすでに「古えの儺すなわちおにやらいの遺習」だといっている1）。特に台湾南部では今日、10メートルを越えるような船を作って王爺を天に送り返す（実は浜辺で焼却する）ことがある。王爺は疫神から漁民を守るカミとなり、童�@から漁民にまで熱狂的に信奉されている。
劉枝萬はさらに、広東省沿岸の華光（火神）送りや元宵節（1月15日）に紙船で災害送りをする中国の民俗だけでなく、日本・朝鮮などの藁船流しも「同一類型の民間信仰」として考えなければならないと指摘した2）。
その後、具体的にこれを掘り下げる試みがあったのかどうか、わたしの管見にははいってこない。そこで、わたしはまず台湾の王爺の事例をできるだけ忠実に記述し、つづいて、朝鮮や日本にも視野を広げ、そこにどういった行為と心意がみられたのかをも具体例で提示しようとした。
これらは旧弊を送り新しい秩序を祈念する儺の一環であるばかりか、特に小琉球のばあいは、生きている儺とでもいうべき様相を呈している。ここではその注目すべき事例からまずみていきたい。

1.1 小琉球というところ　

小琉球は台湾南部屏東県に属し、人口13､000人余り、面積7平方キロほどの小さな珊瑚礁の島である。行政的には台湾省屏東県琉球郷であるが、連絡船の行き先にも、また一般に著書などで引用されるときも｢小琉球｣で通っているので、ここでもこの名を用いることにする。小琉球は珊瑚礁の島で、土地は痩せていて住民の90％が漁業に携わっている（1986年）。ここの三隆宮では三年に一回王爺というカミを迎え、手厚くもてなし東の海上に送り出す王船送り3）がおこなわれている。このまつりは現在は道教の儀礼｢?4）｣をはさんで十日間ものあいだおこなわれていて、｢王?｣とよぶにあたいするが、?が加えられたのはごく最近5）であり、それ以前は王爺を迎えてきて送り出すだけのまつりであった。
現在、王爺は病気治癒、航海安全、豊漁祈願などに効験のあるカミとして、台湾では航海の女神媽祖と並んでもっとも人びとに信仰されているカミである。王爺は大陸ではおそろしい疫病のカミ｢瘟神｣とされていたが、これが人びとの移住とともに台湾にもたらされ、今世紀にはいってからは大陸とは較べものにならないほど普及した6）。それ自体が台湾の民俗宗教のおもしろい主題となるはずだが、日本ではこの現象に取り組んだものが少ないのが現状である7）。台湾のばあい、近年ではその祟りの性格よりはサチをもたらすカミとしての性格が濃厚である。とくにここ、小琉球ではこの15年ほどのあいだに、より盛大にまつる傾向にある。人びとは時間も費用も惜しまずに王爺に情熱を注ぐが、はたして何がそうさせるのか。
1997年のばあい、11月7日から16日までおよそ1200万元（約4,800万円）もの費用で王爺の迎え、練り歩き、送りがおこなわれた。もちろんこれは主催する三隆宮管理委員会の側の予算であり、このほかにもイエごとに少なからぬ出費がある。その総額たるやたいへんなものであろう8）。しかし、人びとがこの期間にみせた一種のお祭り気分は真に生きている祝祭というにふさわしく、考え様によってはそれだけの価値があるともいえるだろう。
ここは海に生きる者たちの島である。暮らしぶりは、今日、台湾のどこもがそうであるように、かなり豊かそうにみえる。道路、クルマ、電気製品も普及している。だが、男たちの多くは遠洋航海に出る。出れば、1年以上戻らないのがふつうだという。妻たちは待つことに｢慣れている｣とはいうが、そうたやすいことではない。現に海の男のところへは嫁のきてがないのが実状だという。ときには飛行機に乗ってシンガポールやインドネシアにまで夫にあいにゆく。こうした環境が状態化していればいるほど、故郷で3年に1回おこなわれる王爺迎えは盛大化するほかはないだろう。まつりの役員たちのなかには航海の合間にもどっていて手のあいている者たちもかなりいる。そのつながりは緊密でまつりの組織はかなり円滑に動いている。一言でいうと、ここの王爺まつりは小琉球あげての祝祭なのである。9）
そもそも小琉球では王爺はどのようなカミとしてまつられはじめたのか、またどのように変遷してきたのか。これらをここでは芸能の視点で述べてみたいとおもう。それはカミ観念の変遷や宗教的な意味を論じることにとどまるのではなく、人びとと同じ視線で汗を流しつつ歩き、カミと人の交歓する場を体験してみようという視点である。


▲[図１」琉球関係位置図	▲[図2]琉球郷区域図

1.2 台湾の王爺

▲[図版1]三隆宮の代天府では三体の王爺を常時まつるが、これとは別に三年に一度、天からくる王爺を令牌のかたちで迎えてきてまつる。そして他の王爺もこのときは令牌のかたちで仕える。この神域はまつりの期間、一般の者は立ち入りできない。

王爺はおそろしいカオをしている（[図版1]、後掲[図版64]も参照）。王爺は台湾ではこの二百年ほどのあいだに西南海岸沿いで広く信仰されてきた。それは単一のカミではなくいくつもの姓を持っている。そしてまた｢千歳｣｢千歳爺｣｢老爺｣｢王公｣｢大人｣｢府千歳｣などともいわれる10）。要するに由来を異にする諸種の神霊がこの名でよばれている。対岸の福建省に由来する疫神の性格が根本にあるとされるが11）、のちには明の復興を志した鄭成功が死後、王爺と結びつけられることにもなった。さらに民間の伝承では無辜の死を遂げた進士たちの霊魂のことともされる。いずれにしても、ここには荒ぶる霊魂の発露がはじめにあったこと、そしてそれをもてなし送り返すことが要請されたのだということが想定される。こうした王爺のまつりは今日、台南南�u�v代天府や屏東県東港、西港のものが有名であるが、ここに取り上げた小琉球のものはまた別の意味で注目される。それはもともと東港の王爺まつりに従属するかたちでおこなわれていたものが徐々に独立し、現在はひじょうに生彩のあるまつりをおこなっているからである。
小琉球に漢族がはいりこんだのは清代の雍正年間（1723－1735）のことというが、王爺信仰は清の乾隆(1736-95)初年に福建省出身の陳明山が故郷の池、呉、朱姓の三府王爺の香火をもたらして以来まつってきたものという12）。これが現在の三隆宮で、今日までに150年ほどの歴史を持つことになる。
ただはじめは王船は作らず、従って現在のような海岸での王船焼却（[図版44]参照）もなかった。ただ観念としての王爺送りをした。送られた王爺はいったん白砂尾の東側、海を挟んで8里のところにある東港の王爺のもとに受け入れられ、この王爺とともに天河におもむくと信じられていた13）。とはいえ、その当時においても素朴な王爺迎えはあったようだ。当初の迎王は一日だけ神輿をかついで島内を練り歩き芝居を奉納したりしていた。とくに注目されるのは東港の迎王に参加することで、祭日も必ず東港の前に設けられていた。そして自分たちのまつりのときには東港の神輿もやってきて島をまわったということである14）。
しかし、1928年から小琉球では東港から別れて独自に迎王をはじめた。それは東港での冷遇という一件があってからのことだという15）。こののち、三年ごとに迎王はおこなってきたが、日本時代、戦争が激しくなってからは中止され、戦後再開された。とはいえ、これもごくつましいまつりで、台南県の著名な王爺廟である南�u�v廟から玉旨（板に神名を記したもの）を迎えてきて、ただ一日だけ神輿の巡り｢遶境｣をし、その夜、白沙尾の浜から玉旨を送り返した16）。この王爺まつりはただ一回だけ二日にわたっておこなったこともあったが、基本は1日であった。
ところが1985年には道士の儀礼を含めて現在と同じく10日間の盛大な祝祭となっている。そのいきさつについてはのちに述べるが、10日間の内訳は次の通りである。すなわちはじめに法会が3日間あり、4日目は海岸で天からくる王爺（代天巡狩の王爺）を迎え、5日目から8日目までの4日間は島内の各所を王爺以下多数の神輿が巡行し、9日目の日中はまつりのために新調した王船を巡らせ（[図版2]）、夜は王船を送り出すための儀礼と王船への贈り物の添載、そしてこの夜更けから翌朝にかけて、大きな王船を白砂尾の浜辺に引き出し焼却して送りの儀を完成させる。
こうした現今のかたちは他の地域の王爺??　と較べても遜色がなく、いわばもっとも整った形式である。小琉球の人びとは地域の発展とともに王爺を育ててきたともいえるだろう。今日、小琉球の王爺は大漁を約束するカミといった性格が濃い。船主らの拝礼は敬虔であり（[図版3]）、王船練り歩きの際にも白沙尾港では船主らが大漁を祈願するために船倉をあけておいて王爺の祝福を乞う。それではかつての王爺はどういうものだったのであろうか。


▲[図版2]　30万元（約120万円）かけて新造された王船。九日目の日中、三隆宮の三府王爺とともに島内を一巡し、夜は天に戻る王爺を乗せて白沙尾の海岸まで引かれていき、そこで燃やされる。	▲[図版3]　白沙尾の港で王爺の御輿を恭しく迎える船主。拝礼したあと、たとえ水一杯でも飲んでもらおうと持参したものを差し出す。御輿の担ぎ手たちもほとんどが船、漁業の関係者である。

1.3 1934年の王爺

戦前の琉球の王爺まつりはどのようにおこなわれたのだろうか。これを窺い知るてがかりになる一片の新聞記事がここにある。前島信次によると、1934年17）4月20日の台南の新聞に次のような記事が出たという。原文は漢文とのことだが、前島が翻訳した文をそのままかかげよう。まず

琉球民王爺を迎ふ
発動機隊二十隻
香客一行三百名

という見出しがあって次のような記事がある。

「高雄港内、十七日午後六時頃、発動機船隊二十隻、満飾旗幟、威風堂々として港せり。右は乃ち東港郡琉球庄琉球の民衆。十五日、午前七時、琉球港より東石郡青�u身に赴き、三府千歳を迎へ、東港に帰らんと欲する者にして、船高雄港外に至れる時、日己に将に暮れんとす。遂に一泊を高雄に決し、十九日朝を俟ちて、即ち将に帰り去らんとす。一行は同地の保正李嚮以外三百名、中に婦人十名あり」

と。
この記事を前引蘇逢源総幹事に知らせたところ、大体そのとおりであると認めつつ、ただし「青�u身」は「南�u�v」のまちがいではないかとのことであった。とくに、李嚮という人物については当時、助役をもつとめた有識な人でこの人が先導して1928年に東港の王爺まつりからの独立をはたしたのだという。そして人々の王爺への思いをとりまとめてそののち一貫して南�u�vの千歳を迎えて戦後にいたったという。
ただし、日本の時代は軍人の命令で三回ほど中止せざるをえなかったという。琉球は当時4千名ていどの人口であるから、三百名という数はたいへんなものである。いうならば島あげて王爺への渇望があったということなのだろう。当時、琉球では南�u�vのまつりの期日に合わせて迎えてきたのだろうが、迎えてきた王爺は白沙尾の海岸から西の果ての海口まで細い野の道を練り歩き、その日のうちに白沙尾の海岸まで戻って送り返した。後述するように、現在の盛大にして念入りな練り歩きに較べると隔世の感があるが、当時も王爺の練り歩き（遶境）に対しては供え物を差し上げ爆竹もならしたものだという。
　けっして楽ではなかった時代、大挙してでかけ、船に載せて迎えてきてまでして、送りだそうとした王爺とはいったい人びとにとって何だったのだろうか。わたしはこの記事を読み、また1944年王爺まつりが中止されていた当時、ひどいコレラ禍で多数の人が死んだということをきいたとき、悪疾がひじょうに身近なものであったこと、それゆえ王爺には明らかに共同体の崩壊を救ってくれるモノとしての期待感があったのだとおもわざるをえなかった。
しかし、戦後の王爺まつりはどうみたらいいのだろうか。「光復後はひどい疫病の伝染はありませんでした」と蘇逢源総幹事はかたった。とくにこのまつりが年々大きくなっていることは、とうてい疫病除けや厄除けていどの機能だけで解きつくせるものではないようだ。ここにはどんな思いがあるのだろうか。
このことを知るためにわたしはできるだけ素朴にまつりの全日程につきしたがってみた。10日間のまつりはわたしのような外部の人間にとっては長い。しかし琉球の人びとはまるでまつりが終われば「明日からはまた」とでもいうかのように、この間を気前よくあそびあかした。3年に1度の自前の祝祭にこころゆくまであそびあかす－琉球の人びとの胸のうちではおそらくそれだけでもういいのかもしれない。が、それにしてもこのまつりにはよほど切実な思いがこめられているのだろう。

注釈

1）劉枝萬『中国道教の祭りと信仰』下、桜楓社、1984年、345頁。
2）前引、劉枝萬『中国道教の祭りと信仰』下、346頁。これだけでなく、劉枝萬は、華北一帯における中元節盂蘭盆会の法船を指摘し、これが王爺を送る王船と同じ性格のものであること、それが満州や朝鮮にもみられることなども述べている（同書、334-336頁）。
3）現在は王船を海岸で焼却するが、これは「天河」に送り返すことなのだという。福建省の王船送りは海上に送り出すもので、このかたちが本来のものであろう。
4）?ということばは中国古代からあって天神をまつることであったが、漢代に道教が成立するとその儀礼の名となり、さらに台湾では大規模な祭典の意味で用いられている（劉枝萬『台湾の道教と民間信仰』、風響社、1993年、38頁参照）。より詳しくは、同『中国道教の祭りと信仰』上、桜楓社、1983年、389頁以下を参照のこと。
5）3年に1回の王爺のまつりで、総幹事役を6回つとめている蘇逢源（1926年生）によると、1985年からのことだという。
6）廟の数では媽祖（天上聖母）よりも王爺のほうが多い。前引、劉枝萬『台湾の道教と民間信仰』、126頁参照。
7）日本人による台湾の王爺研究はいくらもない。しかも、それぞれ視角が異なり積み重ねというほどのものはまだないといえよう。数少ない論考を年代順にあげると次のとおりである。前島信次｢台湾の瘟疫神、王爺と送瘟の風習に就いて｣『民族学研究』第四巻第四号、1938年、松本浩一｢台湾南部の?祭｣『史境』5、1982年、平木康平｢台湾における王爺信仰｣、秋月観瑛編『道教と宗教文化』平河出版、1987年、鈴木満男｢王爺とヨンドゥンと－マレビトの比較民俗学の試み｣『文学』Vol.57、1989年、高橋晋一｢神様は船に乗って｣『民俗宗教』3、1990年、三尾裕子｢<鬼>から<神>へ-台湾漢人の王爺信仰について｣『民族学研究』55(3)、1990年、古家信平・松本浩一｢王爺祭の儀礼空間｣、植松明石編『環中国海の民俗と文化二』、凱風社、1991年。
　　なお、三尾裕子は大陸福建省の王爺信仰の実態調査を継続し、その研究ノートを発表している（「中国福建省南地区の王爺信仰の特質」『アジア・アフリカ言語文化研究』No54、1997年）。それによると、福建省においても王爺と瘟神の結びつきはさほど決定的ではないことが知られる（165頁）。また王爺祭祀に王船送りが伴うとは限らないことも指摘されている（167頁）。
　　ただ、わたしは、「王爺」像の遡源、解明ということと台湾の王船送りが今世紀にはいって特に盛大化したことの本質的な解明とは別のことだと考える
 8）漁村特有の豪気さもあるが、たとえば４日間の御輿練り歩きのあいだ、沿道の家では飲み食いの代を無料で提供する。また三隆宮へきて参拝するときもカネの代わりとなる｢金紙｣を廟の受付で買って燃やす。これもただ一回とは限らない。
9）小琉球には長老派の教会がひとつあり、ここに通う人は王爺まつりには全く参加しない。ただしその数は全住民の10％ていどだという。
10）前引、平木康平｢台湾における王爺信仰｣、619頁。
11）台湾の王爺研究を開拓した劉枝萬以来、これにならう研究者は多いが、福建省ではそもそも疫神ではなかったという見方もある。沈継生｢従蕭太傅崇拝看?台王爺信仰之異同｣『泉州道教文化』、1995年10月、8頁によると、泉州でも王爺は｢積功累徳の好人｣だったという。こちらの説のほうが真に近いのではないかとおもう。
12）黄丁盛『台湾民俗廟会』生活文化事業有限公司、1997年、122頁。これには異説もあって台南の南�u�v廟から｢分香｣してきたという伝承もあるらしい（前引、三尾裕子｢<鬼>から<神>へ-台湾漢人の王爺信仰について｣、250頁）。しかし、この説はかつて小琉球が東港から別れて独自にまつりをはじめたとき、南�u�v廟へいって玉旨を迎えてきたことからいわれるようになったのではなかろうか。
13）劉還月『台湾的歳節祭祀』、自立晩報社文化出版部、1991、176頁。
14）前引、三尾祐子｢<鬼>から<神>へ-台湾漢人の王爺信仰について｣、252頁。
15）前引、三尾祐子｢<鬼>から<神>へ-台湾漢人の王爺信仰について｣、252頁。
16）前引、蘇逢源談。
17）発表原文は「昭和九四年月」とあるが、これは誤記のはずである。推測だが、昭和９年（1934）は3年に１回の王爺まつりの年なので、これでまちがいないだろう。

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