4.今日のオグクッ:4.1. オグクッの概況と動因

4.今日のオグクッ

4.1. オグクッの概況と動因

　オグクッは朝鮮南部の世襲巫による死霊祭として、全羅道のシッキムクッと併称されることが多い。そしてシッキムクッほどではないが、オグクッについても、地域性、規模の大小により、また祭儀の動因により、そのかたちは一律ではないといえる。たとえば、慶尚北道では通例、夕刻から翌日の朝まで継続しておこなうが、釜山などでは二日に分けておこなう。またオグクッには｢生祝祭｣と｢死霊祭｣の二大別がある｡あるいはまた東海岸のオグクッでは、巫女が真鍮の甕を口にくわえる｢ノットンイクッ｣がみられるが､崔吉城によると、これなどは南部地方ではみることができないという1）。
どこの地方でも巫俗に基づく死霊祭は、形式的な葬礼では遺族が満足できないときにおこなわれる。従って儀礼の動因としては、事故死、働き盛りの年齢での病死などが多い。わたしの実見したオグクッは二例であるが、次にみるようにいずれも病死、事故死が動因であった。
　第一は1985年7月12日、13日の両日、慶尚南道釜山市海雲台区中一洞のＪさん宅でおこなわれた。Ｊさんの父親根律さんは長いあいだ胸をわずらったあげく、1984年10月に56歳の若さで病死した。それから半年あまり、子供たちの学業が進まず、海辺で営む家業の民宿経営もおもわしくないので、占い師にみてもらったところ、亡き根律さんのためのクッをするべきだという。そこで、この占いのおよそ20日後に、Ｊさんのイエでオグクッがおこなわれることになった。この担い手は釜山在住の金石出男巫であったが、実際のクッはその夫人金有善、むすめ金映希、金東彦らの巫堂がおこなった2）。
第二は1997年３月１日から２日の朝にかけて、慶尚北道盈徳郡柄谷面永東里のＫさん宅でおこなわれた。生業は農業である。このイエの長男在道氏は、姉の嫁ぎ先が釜山にあったことから、そこに同居し、会社勤めをしていたが、オートバイで職場にいく途中、乗用車と衝突して死去した。31歳で未婚であった。故郷のイエには父親が健在であるが、母親は在道氏が４歳のとき死んでいる。そののち父親は別のところで再婚し、子供をひとりもうけたが、前妻のもうけたふたりの子供はお婆さんに育てられた。家庭は円満とはいえなかったようだ。
　ところで、このＫさんのイエでは一年ほどのあいだに立てつづけに葬式を三つ出した。はじめはお爺さんの死で、1996年の１月はじめ、次がお婆さんで96年の３月はじめ、そして年末に在道氏の事故死。要するにＫさんのイエにとって「昨年は凶年」であった。また、ひとりいる姉は、生前よく面倒をみてあげられなかったという思いこみが強く、自責の念を抱いていた。こうした事情から伯父、父親、姉が協力し、オグクッを催すことにした。それは未婚の在道氏のあの世での結婚式も兼ねていた。このクッは慶尚北道一帯で広くクッをやる宋東淑男巫3）とその長女宋明姫巫女および夫の金長吉男巫が中心となっておこなわれた。

注釈

1）ただし、今日では、釜山地方の巫堂もノットンイクッをする。
2）この詳細は、拙稿「死者の道行（承前）」『日吉紀要　言語・文化・コミュニケーション』No.13、慶應義塾大学、1994年、25-31頁を参照。
3)慶尚北道を代表する男巫で典型的なヤンジュンである。1997年現在、70歳。５歳年上の金石出が慶尚南道および北道にかけて広く活動するのに較べ、いくらか地味だが、その杖鼓さばきには独特の雰囲気がある。

▼　NEXT　▼