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7. 式舞


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山伏神楽の演目の主要なものの内容を、式舞表六番から紹介していくことにしよう。
まず最初の「鶏舞」は庭鎮の舞ともいい、直面に鳥甲の女装の演者による二人舞で、伊邪那岐、伊邪那美の二神が国土、神々、山川草木に至るまでを生み揃えたという天地万象始祖の神の舞いである。

二番目の「翁舞」は白式の翁面に翁かぶと、千早と袴を着けた翁の一人舞で、延命長寿を祈る舞いである。

三番目の「三番叟舞」は黒式切顎の尉面に烏帽子、ぬぎだれの上に千早とたっつけを着た三番叟の一人舞で、蛭子命舞ともいわれる。翁のもどきの舞いとされる。幕出しの時は介添の二人に助けられるように尻から登場し、

「只今参ったる三番猿翁と申すは、色も黒く背も小さき翁人に座坐す」

と自己紹介をし、

「藍色塗たる木の面をとって顔に当て給う」

と述べる。これは三番叟自身が、

「以前に舞らせたる翁と申すは、色も白く背も大きく、王人に座坐す。此の世百劫百代、千代御万歳がその間、霊地哄と踏み鎮めんがためなり」

と自分を翁と比較して述べていることからわかるように、大きく白く王のような翁と、小さく黒く、さらに木の面を顔に当てている三番叟は対極をなしているのである。三番叟の舞いが表わしているのは、骨が軟かく歩くことも困難であった蛭子命が葦船に乗せられて大海原に流された。しかし、地神の助けで魚貝海草を食べて無事に成長することができ、恵比寿となったという神話である。三番叟はこの間の生涯に起こる喜怒哀楽、艱難辛苦の様相を舞ったものである。その舞いは片足をひきずって順逆に舞い、片足の親指を腰にたらした紐の結び目に入れて、一本足で、左右に飛びはねるなど勇壮で活発なものである。

鶏舞 翁舞 三番叟舞
鶏舞

翁舞

三番叟舞




四番目の「八幡舞」は品夜和気命と品陀和気命の兄弟の二人舞で「四弓の舞」ともいい、舞人は直面、鳥甲、ぬぎだれ、片襷で、弓を持ち矢をさしている。八幡神の由来を述べ、弓矢の徳をたたえて五方に弓を射る悪魔祓いの祈祷舞である。

五番目の「山の神舞」はどこの山伏神楽でも重要な曲とされている。これは赤い山の神面に鳥甲、ぬぎだれ、千早の大山祇命の一人舞で、山の神の本地を語り、神呪の法力をもって悪魔祓いをする。その際山の神大山祇は盆に盛った米を四方に撒き、六三の足踏みをし、不動印を結んで、九字を切っている。

六番目の「岩戸開きの舞」は天布刀玉命、天児屋根命、天手力男命が協力して舞いを舞い天岩戸を開き、天照大神を導き出したという神話を舞ったものである。なおこの天岩戸の前の舞いが神楽のはじめとされている。以上六曲を式舞表六番というのである。

山の神舞 岩戸開きの舞
山の神舞

岩戸開きの舞


この式舞表六番は山伏神楽の最初に必ず演じられてきた。それ故これらのうちに神楽を演じてきた修験者の思想が反映されていると考えることができる。そこで今これらを全体として眺めて見ると、その多くは、記紀神話に題材を取り、翁や三番叟と組み合わせて、自分たちの世界観をたくみに表現しているのである。すなわちまず第一番目の「鶏舞」によって国土、神々、山川草木などの天地万象が生じることが示され、第二番目の「翁舞」によってその生命の長寿を祈り、第三番目の「三番叟舞」によって人生の喜怒哀楽、艱難辛苦の様相が舞われ、四番目の「八幡舞」の弓矢によって悪魔祓いがなされ、五番月の「山の神舞(写真上)」では撤米によって祓いがなされ、さらにその呪法で災いが除かれ、六番目の「岩戸開きの舞(写真上)」で常闇の夜が明けて日の光が輝き、神楽が始まったとしている。

以上のように式舞表六番ではこの世の中が創り出され秩序づけられてゆくプロセスが描かれているが、これらは式舞菱六番によって、より精細にかみくだかれて説明されている。

まず裏舞第一番目の「鶏舞」(写真上)は四人舞である。ここでは表舞の伊邪那岐、伊邪那美の天神にその御子神である素戔鳴命とその妻櫛名田比売命の地神が加わって、天神と地神の二夫婦による夫婦和合、子孫繁栄の祈祷舞がなされている。

第二番目の「松迎の舞」は千秋、萬世と称する兄弟の二人舞で、門に松竹を飾り、内に初穂、甘菜辛菜、鰭を供え、末代の繁栄を祈るというものである。

第三番目の「三番叟舞」は「真似三番舞」とも言い、黒尉面の三番叟、つまり蛭子命とひょっとこ面の淡島命の二人舞である。蛭子命が淡島命に処世の術を教えるが、若くて道楽者の淡島命はなかなか覚えない。やがて蛭子命が去ると、独りになった淡島命は蛭子命の教えに従って処世術を身につけようとするがなかなかうまくいかない。しかし修業を重ねてやがて大成し、淡島大明神として人々を救うというもので、修業をすれば神々と互角になるということから「互角三番叟」ともいわれている。

第四番目の「大八幡舞」は住吉三神と八幡神の四人舞で、全員弓矢を持って舞う。

第五番目の「小山の神舞」は大山祇命とその子国之狭土之命の二人舞で、無力で無能な国之狭土之命が父のもとで修業を重ねて法力を得た、その法力による祈祷の舞である。

第六番目の「岩戸開きの舞」は表舞の神々に天宇受売命が加わった五人で神楽の始まりを舞うというものである。

さて以上の裏舞の特徴を眺めてみると、まず裏舞に新たに登場する者は能力、呪力が表舞に登場するものに比べすべてにわたって劣っているので、修業によってその力を得るという形がとられている。しかし舞台の上で見る裏舞の登場者は道化の役割をになっていて、見ている者が演じられている役の中に溶けこんで一体化してしまいそうな程に身近な存在として描かれている。裏舞は面白おかしく、表舞の言わんとしていることをもどいてみせている。ここには表舞以上に山伏神楽が伝えようとする本質が含まれているように思われるのである。

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