中世ロマンス
59.『散文トリスタン物語』(パリ、1586年)

 

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   中世で最も有名な恋愛譚「トリスタン・イズー物語」の現存する最古のヴァージョンは12世紀のフランス語及び中高ドイツ語の韻文断片だが、中世後期を通じて最もポピュラーであり続けたのは、13世紀に製作された散文のトリスタン物語であった。12世紀のベルールやアイルハルトの原始的ともいえる反社会的で激しい愛の姿とは異なり、「散文トリスタン物語」は、アーサー王宮廷を背景にトリスタンの生い立ちを語り、イズーとの恋愛をより現実の宮廷社会に即してとらえており、80近くの写本が現存していることからも、その人気の程をうかがい知ることができる。その人気は印刷本の時代になっても一向に衰えることなく、1489年にパリのJohan le Bourgoysによりゴシック活字によるフォリオ版が刊行されると、その後1533年までの間に、アントワーヌ・ヴェラール(Antoine Vérard)やドニ・ジャノ(Denys Janot)などの出版者により8度、版を重ねた。

   その後1554年に、パリのJan Mauginが散文トリスタン物語の前半部分を近代フランス語に直し、ローマン活字を用いて刊行した。本書はその版の再版で、同様にローマン活字で印刷された4つ折り版である。表紙とその裏に木版画が入っていて、それぞれ貴婦人たちに見守られながら騎乗槍試合をする騎士の姿[1]と、戦闘の場面[2]が描かれている。こられの図版は、いずれもトリスタン物語と漠然としたつながりしか有しておらず、本書のために製作された木版画というよりは、既存のものを再利用した可能性が高い。この事実は、本書が初期のフォリオ版のインキュナビュラ版と比較してポピュラーな廉価版であることを示すとともに、「トリスタン物語」自体の継続的人気の何よりの証でもある。

 

     

 

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