木版・銅版の挿絵本 | |||
46.ハンス・ホルバイン『死の舞踏』(リヨン、1538年)
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Hans Holbein, Les simulachres ...de la mort / Historiarum Veteris Testamenti Icones | ||
ハンス・ホルバイン(子)が原画を描いた2冊の挿絵本の合冊である。一冊目は41点の木版画による通称『死の舞踏』(正確なタイトルは『巧妙に構想され、優雅に描かれた「死」の像と物語』)で、各ページは、ホルバインの原画をバーゼル在住のハンス・リュッツェルブルガー(Hans Lutzelburger)が版刻した挿絵、ウルガタ聖書からの引用句、そしてその引用を説明するフランス語の4行詩で構成されている。詩はエンブレム作家でもあるジル・コロゼの作であるという説があるが、確証はない。 「死の舞踏」(danse macabre)は、中世後期から写本や壁画でポピュラーなテーマだが、たとえば1485年にパリでギュイョ・マルシャン(Guyot Marchant)が刊行した木版本の『死の舞踏』や、それを基本的に踏襲したアントワーヌ・ヴェラールのもの(Paris: Antoine Verard, c.1500)と比較すると、本書にはいくつか違いがある。通常の「死の舞踏」は、中世の聖俗の階層制にしたがって、死者(le mort)があらゆる階層、職業の人間をひとりずつ連れ去ってゆく場面が、行列のように順に描かれる。付随する詩句は死の絶対性と現世の無常を指摘し、改悛を促す教訓的内容をもつ。一方、ホルバインの作品では、生者を一人ずつ連れ去るのは「死」の擬人像(la Mort)であり、詩句の内容は、題辞として用いられている聖書の章句の説明である。その意味で、エンブレム・ブック的な構成を有していると言える。 図[1]は天文学者で、題辞は『ヨブ記』38:18, 21に基づく「お前がそのすべてを知っているなら言ってみよ。そのときお前は既に生まれていて、人生の日数も多いと言うのなら、これらのことを知っているはずだ」である。あいまいな表現で予言をする天文学者に、死が占星術で死期を告げてみよと迫っている。中世以来、天文学者は、無益に神の領域を詮索する者の例としてしばしば言及される。 図[2]は高利貸しのもとにやってきた「死」で、題辞は『ルカ』12:20からとられた「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる、お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか」である。中世において高利貸しは神が禁じた職業の代表で、貪欲の象徴のように解釈されていた。 2冊目は、正確には『旧約聖書の教えを迫真的に描き出した図像』と題される旧約聖書への挿絵集で、初版は『死の舞踏』と同じ1538年にトレシェル(Trechsel)兄弟によって出版された。人物像などのスタイルの共通性から、これら2作品はほぼ同時期に製作されていたと推察可能である。各ページのレイアウトも似ており、図版、聖書からの引用句、それを説明するフランス語の4行詩から構成されている。 図[3]はノアの箱船で、引用は『創世記』7章に基づく。図[4]は、ルネサンス期においてはポピュラーな画題であったホロフェルネスの首を持つユディトで、引用は『ユディト記』13:6-10に基づく。
海津忠雄編『ホルバイン − 死の舞踏』(岩崎美術社, 1991) |
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