Graduate Seminar in Theatre Studies at Keio University

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越境文化演劇における感情の諸相 
Facetten der Gefühle im Transkulturellen Theater

 

ベルンハルト・ヴァルデンフェルスが演劇を「異他的なものの場」と称し、またギュンター・ヘーグが「他者へ目を向けるための媒体」と表現したとおり、古今東西の演劇において「異他的なもの」、特に「固有のもの」(das Eigene)と「異他的なもの」(das Fremde)との出会いや衝突、拮抗は、物語を推し進める原動力であり続けてきました。 オペラ芸術もまた「異他的なもの」の存在を糧に発展してきたと言えるでしょう。 18世紀後半以降は、中東やアジアなどの遥かなる異国の地を舞台にしたり、物語や音楽に異国的な要素を取り入れたりしたオペラがヨーロッパで流行しました。 そうした背景から、オペラ芸術はもっぱら、自文化と他文化の自明性を前提としたインターカルチュラリティ(異文化)の観点から論じられてきました。 しかし、グローバル化した現代のオペラにおいては、「固有のもの」と「異他的なもの」を対置させるような理解モデルは通用しなくなってきています。 例えば、能を題材として創作されたオペラを見たとき、現代の日本人は能を果たして「固有のもの」と捉えるでしょうか。むしろそれはすでに「異他的なもの」となってしまっているかもしれません。 そもそも、オペラにおいて「固有のもの」と「異他的なもの」とは一体何であり、それはいかに表象され、またいかなる問いを我々に投げかけてきたのでしょうか。 越境文化的演劇という分析視角――ヘーグの言葉を借りれば「思考および行為の包括的かつ文化的な実践」――は、こうした問いに切り込む有効な手段と言えます。

 

オペラや演劇で「固有のもの」と「異他的なもの」が主題化されるとき、そこには常に感情が付随します。とりわけオペラでは感情がその核心をなしています。 歌唱やオーケストラの音楽は「感情の言語」として登場人物の感情表現を担うと同時に、それらは観客の感情に強く作用し、また感情を喚起する媒体でもあるからです。それゆえ、アレキサンダー・クルーゲはオペラを「感情の発電所」と表現しました。 それはオペラ、つまり観客を圧倒し、オペラの中に没入させ同化させるような、とりわけ19世紀の総合芸術としてのオペラに対して向けられた言葉です。 総合、統一体、文化的アイデンティティといった幻想を解体し、むしろ断絶、亀裂、中断にフォーカスする越境文化演劇は、総合芸術としてのオペラの対極に位置します。 にもかかわらず、越境文化演劇の提唱者であるヘーグは、オペラこそが越境文化演劇の模範であると指摘しています。トランスカルチュラリティ(越境文化)と感情との関係に着目してオペラを再考することで、どのような新たな側面が照らし出されるでしょうか。 シンポジウムではオペラを中心に、文学や演劇全般をも視野に入れながら「固有のもの」「異他的なもの」と感情の関わりについて議論します。

 

*シンポジウム登壇予定だったレギーネ・エルツェンハイマー先生がご都合により出席できなくなったため、シンポジウムのプログラムを一部変更しました。

 


日時: 2020年2月9日(日) 10:30 ~ 16:15
会場: 慶應義塾大学三田キャンパス 南館5階 ディスカッションルーム
主催: 科研プロジェクト「越境文化演劇研究――異他の視点からの演劇文化論」
    慶應義塾大学文学研究科プロジェクト「文化多様性の再考――人文学研究の視点から」

 

10:30 ~10:35
 平田栄一朗 (慶應義塾大学教授)
 ご挨拶
10:35 ~ 11:15
 コク・G・ノノア (ルクセンブルク大学博士研究員)
 越境文化的な演劇理解における感情と情動の演出
11:20 ~ 11:50
 栗田くり菜 (慶應義塾志木高等学校非常勤講師)
 境界上の笑い ―― ゼルダー・ゾムンヂュによる「我が闘争」の朗読パフォーマンス
11:55 ~ 12:25
 谷本知沙 (慶應義塾大学博士課程)
 読書行為における越境──多和田葉子の詩「Die 逃走 des 月s」を例に
14:30 ~ 15:10
 北川千香子(慶應義塾大学准教授)
 凍りついた感情――サルヴァトーレ・シャリーノのオペラ《氷から氷へ》への注釈
15:30 ~ 16:15
 全体討論

*本シンポジウムはドイツ語で行われます。
*予約不要